裏切りの味は (Page 3)
チャイムが鳴り、インターホンのモニターを確認すると配送業者の姿があった。
受け取り、品目を見ると書籍とある。夫と話す時間が、また短くなるのだと真尋は冷めた心地で思う。
受領のサインを書き、礼を言うと配達員は笑顔で去っていった。
真尋は重たく感じられる段ボール箱を手に持ったまま、しばらく玄関先に立ち尽くしてしまう。
外は暖かいのだと風が吹いてきて知った。
荷物を持ったまま共有廊下の先に目をやれば、穏やかな日差しが降り注ぐ空がある。手摺の向こうには建物の頭や電線が見えていた。
「あっ」
思わず真尋は声を上げる。
お向かいの玄関が開き、そこから現れたのは荷物を誤配達された青年だった。まさか向かいに住んでいるとは思いも寄らなかった。青年の方も同じだったらしく、驚いた顔をしている。
「あの、この前は、どうも」
真尋が声をかけると彼は戸惑った顔をしたが、ぎこちなく笑みを象った。
「荷物は大丈夫でしたか?」
「大丈夫です。中身は本でしたから」
「ああ、良かった」
心底ほっとした様子の青年に真尋は思わず笑みを零す。求められ、役目として作るものではなく、意識せずに頬が緩んでしまう。
「それも、本なんですか?」
青年は真尋が持っている段ボール箱を見止め、訪ねてきた。
「ええ。きっとビジネス書なんでしょうね。私にはよく分からないんですけど」
「ご主人が読まれるんですか?」
「そう、ご主人様のもの」
我知らず真尋は皮肉っぽく言っていた。
青年はぱちくりと青灰色の瞳を瞬かせる。
「その、一緒に散歩とかなさったりしないんですか? あんまりご主人を見かけませんけど」
「一生懸命働いてくれているから」
ペットの散歩もおざなりなのとは、流石に冗談としては質が悪い。
真尋は胸の奥で疼くざらついた感情を抑える。だが、その感情の手触りで自分が夫に対して不満を抱いているのだ、と気づかされた。
「えっと、余計なお世話だと思うんですけど」
青年は、そう前置きをして恐る恐る言葉を繋いだ。
「一緒にジョギングとかしてみたらどうですか? あとは、読書とか。ランニングシューズとか本を一緒に買いに行くだけでも、その、二人の気分転換になるかもしれませんし、話だって弾むかもしれません」
この青年は偶々向かいに住んでいるだけの自分の夫婦生活を心配している。お節介だ。余計なお世話だ、と煩わしく感じない。そのことを自分でも意外に思いつつ、真尋は一歩後ろに下がった。
「ありがとう。そうしてみます」
不思議と穏やかな心地で真尋は告げ、玄関のドアを閉める。少しばかり不安そうな表情を浮かべた青年の顔がドアの向こうに隠れてしまう時、なぜか名残惜しさがあった。
真尋は夫の注文した荷物をデスクの上に置き、キッチンに舞い戻る。すぐに冷蔵庫を開け、中身を点検するが、少々物足りない。
冷蔵庫のドアを閉めた真尋は、キッチンの隅にある古びたエプロンをじっと見つめる。
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