裏切りの味は (Page 4)

 買い物へ行こうと真尋は思った。

 買い物はストレス発散になると聞いたことがある。依存してしまうものだとも。
 自分は買い物に依存しているか、と真尋は自分に問うた。答えはノーと返ってくる。

 その答えにどれだけの信憑性があるのか彼女自身では分からないが、今はやりたいことがあった。そのための手段として買い物が必要だ。
 頭の中に街の地図を広げ、真尋は求める食材があるスーパーの位置を思い起こす。

 それからマンションを出て、買い物をして帰ってくると、三時間以上が経過していた。

 着替えもせず、真尋は古びたエプロンを身に着ける。それから買ってきた食材をテーブル上に並べ、手を付ける順番を計画した。その計画はそのまま作り上げる料理の完成する順番になり、夫が帰宅する時間を計算に入れたものだった。

 思考が淀みなく流れ、調理器具を操る手付きに迷いはない。次々と食材は調理され、料理へと変貌していく。

 きっちりと盛り付け、完成形を四方からチェックする。彼女のそんな目付きは夫も見たことがない程に鋭い。

 鋭い目つきのまま真尋は時間もチェックする。
 そろそろ夫が帰宅する時間。
 全て予定通り。
 調理は滞りなく終了し、調理器具を洗浄する余裕がある。
 次第に真尋の目からも鋭さが抜け、普段の柔らかな眼差しへと戻っていった。

 そして、時間の経過と共に近頃の彼女にありがちな寂しげな、それでいて倦んだ瞳へと穏やかさは濁っていった。

 多少冷めても味は落ちないものばかり作った。とはいえ、それにも限度がある。
 真尋は溜息を吐き、食卓から立つと保存容器へと作ったものを詰めていく。すっかり冷めているからそのまま冷蔵庫へ突っ込んでも問題ない。

 皮肉めいた気分でその作業を行っていると、玄関の方から鍵の鳴る音が聞こえた。
 はっとして真尋は手を止め、玄関へと駆け寄る。だが、鍵は開かない。そっと覗き穴から廊下の様子を伺う。モニター付きのインターホンを使うので、滅多に覗かない魚眼レンズには埃が付着していた。

 その汚れた視界の先で、向かいの部屋の扉がゆっくりと閉まっていく。他人の生活を覗き見るような後ろめたさがあった。内心に芽生えたその後ろめたさを咎めるように、彼女のスカートのポケットから電子音が飛び出す。

 びくっと肩を震わせ、ポケットからスマホを真尋は取り出す。
 夫から連絡が来ていた。短いメッセージを読み、真尋はキッチンへと取って返す。そして、冷めた料理を詰めた保存容器を幾つか取り上げ、サンダルで外へ出た。

 廊下の外の空気は少し冷たくなり、夕闇は夜気を漂わせている。マンションから望む遠景は複雑な色合いが淡く混ざり合い、夕と夜のちょうど隙間のような空なのだと分かった。

 真尋は強いて空から目を引き剥がし、お向かいの部屋のインターホンへ手を伸ばす。
 居留守を使われるかもしれない。そんな保険を自分の心にかけ、じっと玄関ドアの前で立ち尽くした。

 僅かに間があり、いきなり玄関ドアが開けられる。

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