裏切りの味は (Page 2)

「いえ、そんな……、大丈夫です。私が住所を間違えたのが悪いんです」
 謝罪を口にしながらも、どこか他人事のように後で登録した住所を修正しなくては、とだけ真尋は思っていた。中身は夫に頼まれた品物で、半ば機械的に従った結果に過ぎなかったからだ。

「本当にすみません」
 青年は頭を下げる。

 少々テープを剥がしてしまっただけのこと。たったそれだけのことだと開き直ったりせず、彼はきちんと真尋と向き合っている。そう考えると責める気は起きない。責める気など最初からなかったが、むしろ真尋は気の毒やらかえって申し訳ないやら複雑な心境になってしまう。

 その後は管理人と少しだけ話をして、真尋は管理人、そして青年と別れ、やっと帰宅できた。
 気疲れはあったが、あまり悪い気はしなかった。
 久しぶりに人間らしい会話をしたせいかもしれない。そう真尋は力なく虚空に向かって笑う。

 それなりに綺麗にしている室内には家具は洒落たものが揃っているし、不便もない。だが、奇妙にがらんとした雰囲気がある。天井が高いとか、物が少ないという訳ではなく、人のいない空隙がやけに寒々しいのだ。

 笑みを消した真尋は買ってきたものをキッチンのテーブルの上へ。段ボール箱を夫の使っている部屋のデスクへとそれぞれ置いた。

 荷物の中身は真尋には興味のないビジネス書だったはずだ。中身を検める気も起らない。

 夫のデスクの上には筆記用具とスマホの充電器、数冊のビジネス書が並べられている。仕事に必要なものは効率的に配置されているが、ビジネスに関係のないものは一つも置かれていない。

 無味乾燥としたデスクから視線を引き剥がし、真尋はキッチンへと戻る。そこだけは真尋の意思が介在しているように思えるからだ。

 自分で選んだ調理器具、食材、そして独身の頃から使い続けているエプロン。何度も洗濯し、紫外線によってやや色褪せたエプロンだけは、夫に捨てろと言われてものらりくらりと言い訳をして躱してきた。

 溜息を吐いてエプロンを撫で、真尋は食材を冷蔵庫へと詰め込む。
 胸中の暗い気持ちも取り出し、冷凍して見なかったことにしてしまいたい。真尋はそう思いつつ、冷蔵庫を閉ざした。

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