元カノは人妻キャバ嬢
上司に連れられて行ったキャバクラで、草野和也は大学時代の恋人である中村未来に再会した。大学卒業以来5年ぶりに再会した彼女は結婚し、子どもも産んでいた。夫がギャンブルと酒に溺れて仕事をしなくなったためキャバクラで働いているという未来の変わりように和也は驚き、自分に何かできることはないかと店に通っていたが、未来からついに「もう来ないで」と言われてしまう。最後に2人で食事に行くが、未来はひどく酔ってしまい…
「ちょっと飲み過ぎじゃねえの…」
草野和也は、目の前でぐでんぐでんに酔っ払っている中村未来(みき)に呆れたように声をかけた。
「んんー」
聞こえているのかいないのか、未来は机に突っ伏したままあいまいな返事をする。
「なあ、くるみちゃん」
しかし和也が「くるみ」と呼びかけた瞬間、がばっと顔を上げて未来は和也を睨みつけた。
「その名前で呼ばないでよ」
「くるみ」というのは、いわゆる源氏名である。
和也は困った顔で笑い、付き合っていた頃には見たことのない派手な化粧が崩れかけたその元恋人の顔をじっと見た。
和也が上司に連れて行かれたキャバクラで、大学時代に交際していた中村未来と再会したのは3週間ほど前のことだ。
大学卒業前の年末に別れて以来会っていなかったので、再会は5年ぶりのことだった。
最初はその華やかなメイクのせいで和也は未来に気づかなかったが、未来の方が和也に気づいた。
隣から耳打ちで「和也だよね?ひさしぶり」と囁かれたその声で未来に気づいた和也が目を丸くしているのを、未来はおかしそうに笑って見ていた。
アフターという名目でその後2人で食事に行って話を聞いたところ、未来は就職後1年で結婚し、出産もしていた。
その際未来は仕事を辞めたが、その頃から夫の様子が変わったのだという。
仕事を辞め、再就職がうまくいかず、次第に酒とギャンブルに溺れるようになった夫と幼い娘の生活のために未来は水商売の世界に入った。
キャバクラといっても都心ではない場所で、割とリーズナブルな店だからか、20代半ばを過ぎた未来もそのさっぱりした気性でそれなりに人気があるらしい。しかしそれでも人妻で子持ちということは客にも店にも隠しているそうだ。
元恋人ということで気を許した存在だからか、未来はこれまでの経緯をその夜ぽろぽろと和也に話してくれた。
和也は未来と別れてから、適当に遊ぶ相手はいても真剣交際を誰かとしていなかった。だから元カノが結婚していたことも、出産していたこともショックだった。
しかし何よりショックだったのは、大好きだった元カノが男のために苦労しているということだった。
それから3週間の間に2度、和也は個人的に店を訪れた。
彼女のためになればとそこそこに店で金を使ったが、今日ついに未来から「もう来ないで」と言われた。
「ごめん、迷惑だったよな」
「違うよ…ただ…」
賑わう店内で、和也と未来がいる席だけがしんと静かだった。
「旦那がいるのに、元カレに執着されてるなんて怖かっただろ。本当ごめん」
「そうじゃなくて、和也が私のためにお金使ってるのが辛いだけ」
「それは俺を買い被り過ぎてる。未来のためじゃなくて、俺が来たいから来てたんだよ…でももうやめる。ごめん」
「…」
未来は瞳を潤ませて和也を見つめると、黙って頷いた。
そして最後だからと、店が終わってから小さな居酒屋で軽く食事をすることになったのだった。
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