人を狂わす青い薔薇の行方
『ブルー・ローズ』のセラピスト・古賀(こが)は、境遇を同じくする女性を性技で救い、進むべき道を示すことができるのか……。
「瀬戸(せと)君。また、上手になりましたね」
「ありがとうごさいます」
素っ気ない声がカウンターの中から帰ってきた。カウンターの中にいる青年のそんな態度は、彼の照れ隠しなのだと古賀(こが)は知っている。
古賀は微笑みながらコーヒーカップをソーサーの上に戻した。それから店内の壁に掛けられている時計に目をやる。
約束の時刻まで、あと数分。
いつも自分は誰かを待っている気がする。
そんなことを古賀は思った。
駅で。街角で。カフェで。誰かの寝室で。
現れる誰か。それをずっと待ち続けるだけの生き方をしてきた。
微かな自嘲に頬を歪め、彼は時計から目を離す。漣一つないコーヒーの黒い湖面を見つめ、古賀は手を組んでじっと待ち続ける。
店内に流れるBGM、食器の触れ合う物音。その合間を微かに水が沸騰する音が流れていく。
かろん、と扉に取り付けられた銅の鈴がなった。素朴な音色のそれに古賀は振り返る。
店内に現れたのは、くたびれたスーツを着た中年の男性だ。取り立てて目立つ容姿ではない。どこにでもいるような、それこそ群衆に紛れてしまえば一瞬で見分けがつかなくなるような、そんな男性だ。
「お疲れのようですね」
「まあな。旦那の方こそ、疲れてるみたいだな。隈ができてる」
そう言って男性は自分の目の下を指さして笑った。それから彼は不精髭の生えた顎を撫で、古賀の隣に腰を下ろした。上品なスーツを着ている古賀と並ぶと余計にみすぼらしく、男性がしょぼくれて見える。だが、そうやって相手が自分を見くびるように誘導し、容易く手玉に取る強かな相手だと古賀は心得ていた。
そんな油断ならない相手であることを差し引いても、古賀は彼を見くびるつもりなどない。勝手ながら、年下の彼に対して友情に近い感情を抱いていた。
「澤木(さわき)さん。いつものでいいですか?」
「ああ、頼む。瀬戸よ、多少は上手く淹れられるようになったか?」
「客に出せる程度のもんは入れられますよ、もうガキじゃないんですから」
喉の奥でくつくつくと古賀の隣の男性――澤木が笑う。
「瀬戸君をからかうのは、その辺りにしておきませんか」
「自分が拾ったガキがエプロンなんぞつけて大人しくしてるものだから、ついね」
澤木は意地の悪い顔で笑いつつ、頬杖を突いた。それから気のない様子でぽつぽつと話を始める。
「例のお嬢さんについて調べた」
「どうでした?」
「旦那の予想通りだった。まともな戸籍もなかった。ありゃ連中が商品として仕立てた人間だ」
ちらりと古賀が澤木の顔を見ると酷薄な顔で薄く笑っている。彼の過去は知らないが、自分とは種類の違う地獄のような世界で生きてきたのだろうと古賀は予想していた。纏う匂いが違うのだ。平穏な世界で歩いてきた人々と比べて。
古賀は強いて無表情なまま、話の先を促した。
「あのお嬢ちゃんを仕込んだ連中について、俺が動いたところでどうにもならんぜ」
「そう仰るということは、調べはついたのですね」
「末端を幾ら潰しても、どうにもならん。やるなら徹底的に、だ。糞虫の巣を潰すには出所を探して出して焼くぐらいじゃないとな」
「その意見には賛成です」
そう言った古賀を意外そうな顔で澤木が見返した。
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Muchas gracias. ?Como puedo iniciar sesion?
mojagksqgu さん 2024年11月11日