人を狂わす青い薔薇の行方 (Page 3)

 その部屋にはベッドしかない。

 他に家具はなく、がらんとした部屋の窓にはカーテンすらないのだ。

 部屋の真ん中に据えられた安物のベッドには、女性が眠っている。

 幼さを多分に残した面立ちは、人形のように整っていた。幼さと成熟した女性の美貌を混ぜ合わせた、どこかアンバランスさのある面立ち。だが、そのアンバランスさは危ういほど人を惹きつけるだろう。

 古賀は眠ってる女性を見下ろしている。彼の目は憂いを湛え、自らのしようとしていることの重大さを思う。

 果たして自分に、これほどの大任が務まるだろうか。しかし、ここで退くわけにもいかないのだ。

 彼が煩悶していると、眠っている女性の呼吸が変化する。まもなく彼女は目覚めるのだと古賀は悟った。

 果たして彼女は古賀の予見通りに目覚める。ぼんやりとした眼差しを天井にしばらく向けていたが、傍に立っている彼に気付き焦点を合わせた。

「気分はどうですか? 吐き気や眩暈はありますか?」

 しばらく女性は何も言わず、じっと古賀の顔を見ていたが、やがて小さく首を横に振った。

 柔らかく笑って見せ、古賀は問いを重ねる。

「あなたの名前を聞かせて頂けますか?」

 女性は黙って首を横に振る。

「言いたくありませんか?」

 さらに首を振り、女性は小さな声で告げた。

「ありません。わたしはお前、とか、あれ、とか、そんなふうに呼ばれていました」

 徹底して個を排除し、従順な商品として仕上げていたようだ。それでいて顧客の容貌に応えられるよう、それなりの知性も育てている。むしろ知性があり、教養が少しでもあるからこそ、偏った価値観で染めることができたのか。

 古賀は胸の悪くなる思いを抱えたまま、微笑む。

「そうですか。では、名前が必要ですね。どんな名前がよいでしょう」

 女性は少女のように笑い、短く答えた。

「従います」

 あまりにも無垢な答えに古賀は、ぐっと歯を噛み締めた。そうでもしなければ顔を歪めてしまいそうだった。

「そうですか」

 表面上は穏やかに古賀は頷いた。

「では、あなたの名前を決める前に、あなたに従って頂きたいことがあります」

「はい」

「自らの意志で生きなさい。全てを自らの意志で決定し、全ての責任を負い、自らの意志で生き、死になさい」

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