雨上がりの空には
家庭内の不和から、荒んだ生活を送っていた女子学生。母親と喧嘩してあてもなく家出をした日、雨に打たれる彼女を拾ってくれたのは、想いを寄せながらも疎遠になっていた幼馴染だった。優しいキスに癒されて、少しずつ開いていく心と体…
「お前、本当に反省してるのか?次見つけたら停学だからな!」
「はいはーい」
私はもうすっかり慣れた先生のお説教を聞き流して、生徒指導室の扉を雑に閉める。
…煙草くらい、誰にも迷惑かけてないじゃん。
無駄な時間だった、と廊下を歩いていると、角の音楽室からピアノの音が聞こえた。
ショパンのノクターン第2番。
部屋を覗かなくても、弾いているのは誰か分かっている。
幼稚園から今までずっと同じ学校だった、榊原修一だ。
家が近くて、小さい頃は「シュウちゃん」「みっちゃん」と呼び合い、よく一緒におままごとをしたものだった。
シュウちゃんは喘息持ちで体が弱かったけど、優しい旦那さん役が上手で、「大きくなったら私と結婚して!」なんて、当時は本気で言っていた。
あれから10年。
私の両親は色々あって離婚し、母は酒と男に溺れ、私自身も中途半端にグレた。
一方シュウちゃんは、バリバリ共働きの両親に大事にされて成績も良く、ピアノの勉強の為に海外まで行ったりもしているらしい。
本当は今でも好きな気持ちはあって、仲良くしたいと思うけれど、素行不良になった私に話し掛けられたって迷惑だろう。
私は音楽室の前に腰を下ろして、しばらくの間、優しく悲しげなピアノの音色に耳を傾けた。
暗くなって家に帰ると、散らかった家のソファーで、酒臭い母がスーツのまま眠っていた。
細くて美人で料理が上手で、昔は自慢だった母。
それが今はどうだろう、父が居なくなってからというもの、菓子パンとコンビニ弁当で大きくなった気がする。
「お母さん、風邪引くよ。布団で寝なよ」
私が肩を揺すると、母は鬱陶しそうにそれを払い除けた。
「ねえ」
「…」
「ねえ、お母さんってば…」
「…う~ん…ああもう、うるさいなぁ!」
「!」
投げつけられた空き缶はだいぶ外れて壁に当たり、カラカラと床を転がった。
「はぁ…あんたがいるせいで再婚もできない!早く就職してどっか行ってよ!」
…ああ、きっとまた恋人に振られたのだ。
いつもなら酔っ払いの戯言と放っておくのだけれど、今日は虫の居所が悪くて、カバンを抱えると母に向かって怒鳴り返した。
「はいはい、そんなに言うなら、今すぐ出てってあげるわよ!今までお世話になりました!」
大口を叩いて家を出たものの、仲間とつるんでグレているわけでもなく、行き場のない私は近くの神社の階段に所在なく座っていた。
そのうち雨が降り出して、ぐっと気温が低くなる。
…着替えと傘を取りに帰ったりしたら、カッコ悪いよなぁ。
そんなことを考えながら、とりあえずバッグに入っていたタオルを被った時、ふと目の前に黒い影が現れた。
「…みっちゃん?」
「え…」
「こんな時間にどうしたの?風邪引くよ、家まで送ろうか?」
塾帰りらしいシュウちゃんは、昔と全然変わらない調子で私に傘をさしかけた。
「あの…いっ…いい…」
「誰か待ってるの?」
「…そう、じゃないけど…」
久しぶりに喋ったから、何だかすごく緊張する。
心配そうなシュウちゃんに申し訳なくなって、家出してきた、と正直に告白すると、シュウちゃんは優しく言った。
「じゃあ、うちに来なよ。女の子が外にいたら危ないよ」
「でも、家の人が…」
「二人とも海外出張。最近はほとんど一人暮らしなんだ」
差し出された手に掴まって、真っ暗な道を歩く。
小学生の頃、自分と同じくらいだったシュウちゃんの背は、いつの間にか頭一つ分ほど大きくなっていた。
レビューを書く