青い薔薇の密猟者はその棘に気付かない (Page 7)
女に背を向け、今度こそ彼はホテルを出て行く。
それからたっぷり十分ほど経過して、女がむくりと体を起こした。
彼女が最初にしたことは、口に入った精液を床に吐き捨てることだった。
「まったく、オナニーなら一人でしてよね」
枕もとのティッシュで女は顔についた精液を拭い、それを丸めてごみ箱に捨てる。やれやれと肩を回し、掌を開く。
そこには小さなメモリーカードがあった。三枝がスーツの内側に隠し持っていたものと同型である。
「くっさ。シャワー浴びよ」
自分の身体を匂って文句を垂れ、女はシャワーを浴びる。さっと体を流し、染みついた臭いや汚れを取り去る。それから乱暴に脱がされたスーツに再び袖を通した。
「あー、これも捨てちゃうか」
スーツに付着した臭いに女が顔をしかめていると、ポケットでスマホが振動する。
「もしもーし、鈴鹿(すずか)でーす」
「お疲れ様です。大樟です」
「お疲れです。こっちの首尾は上々。メモリーカードはすり替えて、確保してます」
鈴鹿は三枝からスったメモリーカードを弄びながら軽い口調で報告をする。
「ありがとうございます。報酬はとのようにお支払いすれば?」
「前金と同じ口座に全額振り込んでくださいって、先生は言ってますよ、いつも」
「くれぐれもこの件は内密にお願いします。『ブルー・ローズ』の信用に関わりますので」
「守秘義務がありますんで、そこらへんは大丈夫ですよ」
イマイチ信用ならない緩い口調で鈴鹿が答える。電話口の向こうで微かな溜息が聞こえた。依頼人の大樟も彼女のことを頭の軽い人間だと思っているようだった。
もっとも鈴鹿を上司であり、教官でもある人間に言われてやっていることだ。
頭の悪い人間のふりをしておけ。こちらを見くびってくる相手の不意を突けるように、騙せ。
その教えを彼女は忠実に守っている。口調は軽々しというのに、鈴鹿の表情は冷徹そのものだ。
「じゃあ、あとは私と合流して、受け渡しってことで。のちほどー」
通話を終え、鈴鹿はホテルを出た。
三枝の姿は見当たらない。今頃は自宅への帰路だろう。
彼がメモリーカードがすり替えられたと気づく頃には、鈴鹿に辿り着くことすらできない。
幼い蕾は少しずつ、しかし確実に花開こうとしていた。
その棘に猛毒を滴らせながら。
(了)
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