青い薔薇の密猟者はその棘に気付かない (Page 2)

「……それは、災難でしたね」

 店主が穏やかな声で女を取りなす。

 女の方も溜飲が下がったのか、憤慨して上擦っていた声が落ち着く。

「これで、ちゃんとしたとこで働けるかな」

 ちゃんとしたところとは、何を指すだろう。三枝の中にそんな疑問が芽生えた。

 労働環境か、給与か、それとも自分の能力を発揮できる適所という意味だろうか。

 少なくとも彼にとって今まで働いてきた場所は、正当な評価とは程遠い環境だった。おべっか使いばかりが昇進し、彼のように愚直に勤務するものは貧乏籤を引かされる一方だったのである。大して能力もないような連中が彼を顎で使い、その利益を吸い上げた。そんなことが許されていいのか。

 そう思って、彼はついに行動を起こしたのだ。

「ねえ、お兄さん」

 物思いに沈んでいた三枝は、はっとして顔を上げる。いつの間にか、さっきまで店主と話していたはずの女が隣にいた。

「大丈夫?」

 小首を傾げ、女が三枝の顔を覗き込む。微かに眉根を寄せ、心配げな表情になっていた。感情が顔に出易いタイプなのだろうと彼は女を見て思う。

「お水、飲む?」

 さらにこの女はお人好しらしいと三枝は結論付けた。

「いや、大丈夫」

 彼女が差し出してきた飲みかけの水を断り、三枝は自分のグラスに再び口をつける。氷が解け、飲み易い濃度になっていた。

「お兄さん、強いんだぁ」

 女が感心したように三枝の喉元を見る。

 思わず三枝は苦笑した。

「そっちこそ、随分強そうだけど」

「そんなことないけど」

 困惑している女の前にあるグラスを指さしてやる。すると彼女は良いとは別のことで顔を赤くした。

「ああ、これ。会社の飲み会でやたらと飲まそうとしてくるから、強い酒をゆっくり飲む感じで誤魔化してて……」

「その癖が抜けないってことか」

「まあ、そんな感じ」

「オレも、そんなふうに飲んでたけど、一人でゆっくり飲むんなら、いいんじゃない?」

「一人で、ゆっくり」

 不思議そうに女は目を瞬かせた。それから噛み締めるように、神妙な顔付きでちびりと酒を飲む。

「うん。味が分かる、かも」

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