青い薔薇の剪定者は昔日の面影を纏う
『ブルー・ローズ』のセラピストの一人である瀬戸俊倫(せと としのり)は、義母と温泉宿へ向かう。それは亡き父親を偲んでの旅であった。俊倫は一つの決意を胸に秘め、昔日の面影を纏う……。
たった二両しかない電車は都心とは比べ物にならないほど、のんびりと田園風景の中を走っていく。
刈り入れが終わった田んぼは全体的に茶色っぽい。色濃く緑を残し背後に控える山々と比べ、一足早く秋になってしまったようにも見える。
線路は山間を走り、時に絵筆で刷いたような川面を鉄橋で乗り越えていく。
瀬戸俊倫(せと としのり)は車窓越しに人のいない景色をぼんやりと眺めていた。人のいない景色を眺めていると、不思議なことに今まで関わった人物の顔が泡のように浮かんでは消える。
関係を持った女性や俊倫の人生を変えてくれた恩人。そして、今は亡き父親の顔。
細面の俊倫と違い、角ばった面立ちの父親が思い出される。特別に厳格な父親ではなかったが、顔立ちのせいで、そのようによく勘違いされていたのだ。今となっては笑い話だが、幼い頃の友人たちは誰もが父親を恐れていた。
思わず思い出し笑いをしていると、不意に声をかけられる。
「どうしたの?」
頬杖をついて車窓を眺めていた俊倫は、座席に背を預けた。
向かい合う形で設置されたボックス席の正面には女性が座っている。その柔和な美しい顔が幸福に輝いていた時も、哀しみに沈んでいた時も、彼は見てきた。
美貌を縁取る緩やかにウェーブのかかった豊かな栗色の髪はパーマではなく天然だ。以前はそれがコンプレックスだったと俊倫は知っている。そして、それをコンプレックスではなく、誇れるものだと教えたのは彼ではない。
「親父のこと、ちょっと思い出してね」
「俊和(としかず)さんを?」
「そう。親父の顔を友達が怖がってんだ」
「ふふっ。そうね。俊和さんは見た目はおっかないもの」
小さく笑い、女性は左手で口元を撫でた。笑う時の彼女の癖だ。その手の薬指には鈍く光るリングがある。
ちらりと俊倫は彼女の胸元へ視線を投げた。そこには革紐でとめられた同じリングのサイズ違いが揺れている。
俊倫は胸元のリングから、そっと視線を外した。しかし、視線の向け所に困って結局女性の方へと戻してしまう。女性らしい曲線を描く身体を薄手のセーターと細身のパンツで包んだ彼女は、どこか軽やかな印象だ。
ふと電車が減速していることに俊倫は気づいた。アナウンスが目的の駅に着いたことを報せる。
「睦実(むつみ)さん、ここだ。降りよう」
俊倫は席を立ち、自分と女性――睦実の分の荷物を軽々と持つ。
「あ、俊倫君、自分で持つから」
「いや、持つよ。代わりに宿の人と話してくれる?」
自分のリュックと睦実のボストンバッグをそれぞれ持ち、俊倫は悠々と歩く。駅舎には駅員がいるだけで、他に利用客は見当たらない。外に出ると、そこには宿の名前が入った上着を着た男性が待っていた。
「あ、瀬戸様ですか?」
「そうです」
柔らかく笑い、睦実が返事をする。男性が照れたように薄く笑った。だが、すぐに笑いを営業用のものに切り替える。彼女の後ろに立っている俊倫に気付いたからだ。
父親譲りのしっかりした体格は、きっちりと引き締まっている。それに上背もかなりあるため、大抵の相手は彼に見下ろされる形になるのだ。黙って立っているだけでも迫力がある。
「あーっと、新婚旅行ですか?」
「いいえ。親子です」
なんと答えて良いのか分からず目を白黒させる従業員に苦笑し、俊倫は一歩前に出た。
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bdnrqiehlh さん 2024年10月22日