青い薔薇の剪定者は昔日の面影を纏う (Page 4)
睦実の姿が脱衣所に消えたところで、俊倫はそっと布団から顔を出す。彼の顔に酔いの残滓はない。静かな表情で、じっと脱衣所の気配を窺う。
しばらく待っていると、脱衣所と露天風呂を隔てる扉が開閉する音が彼の耳に届いた。
むくりと布団から起き上がり、俊倫はおもむろに服を脱いだ。鍛えられ引き締まった身体でしなやかに足音もなく、脱衣所まで歩いていく。
そっと脱衣所を通り抜け、露天風呂の様子を窺う。
白い背中が俊倫の目に飛び込んできた。
予定通り、睦実は背を向けた状態で露天風呂に浸かっている。密かに俊倫は溜息を吐いた。ずっと焦がれてきた相手の背中だ。
歳の差がたった五つしかない親子。
初めて見た時に呆然としたことを俊倫は今でも覚えている。父親が連れてきた女性に見惚れたのだ。それが父親の再婚相手で、自分の母親になるのだと知らされた。
それで家を飛び出したのである。見ていたくなかった。父親と自分の愛している女性が仲睦まじく暮らす様を。
静かに音を立てずに脱衣所と露天風呂を隔てる扉を俊倫は開けた。そっと近づくと、睦実が鼻歌を歌っているのだと分かる。そんな彼女の背後で立ち止まった俊倫は、小さく声をかけた。
「睦実」
びくっと睦実が肩を震わせる。機先を制し、俊倫は言葉を続けた。
「振り向かないでくれ。目を瞑ってほしい。決して私を見ないと約束しておくれ」
「俊和さん?」
掠れた声で言い、動こうとする睦実の目を俊倫は片手で覆う。
「私のことを愛してくれているのなら。お願いだ。睦実」
「……手が冷たいわ。俊和さん、一緒に入りましょう。新婚旅行の時みたいに」
俊倫の掌に睦実が瞼を閉じる感触が伝わる。彼は慎重に睦実の顔から手を離した。しっかりと彼女の目が閉じられていることを確認し、俊倫は再び口を開いた。
「さあ、ゆっくりと浸かろう」
拳一つ分程の距離を置いて俊倫は睦実の隣に腰を下ろした。
ゆっくりと慎重に彼は呼吸を計る。
息遣い一つでも誤れば、自分が父親でないと気づかれてしまう。彼の特殊能力とでもいうべき演技も、微かな綻びで相手に疑念を引き起こしてしまうのだ。
俊倫は声や仕草などを完璧にトレースできる。それが故人であっても、情報さえあれば再現できるのだ。
この技能で彼は『ブルー・ローズ』という女性限定のサロンで、性的なサービスを提供している。それまでは男娼紛いのことをして、女性から金を巻き上げていたのだ。相手が望む理想の相手を演じ、ずるずると金を引き出す。
だが、トラブルに巻き込まれた俊倫を助けた人物の紹介で『ブルー・ローズ』で働くようになり、価値観が少しずつ変わっていったのだ。
人の哀しみを希釈する。
そんな行為に価値があるのかと、俊倫は思っていた。だが、積み重ねた愛情が深いほど人は喪った時に哀しみも深くなる。
翻って自分は、そこまで睦実を愛しているのか。そんな疑問が自らの中に芽生えたのだ。
時間をかけて愛情を育んできた父親と、一目惚れとでもいうべき衝動的な自分。
恋情はある。
だが――
「睦実」
父親の声で呼びかけ、俊倫は彼女の栗色の髪を撫でる。次第に俊倫は自分の意識が体から乖離していく感覚が強まるのを感じた。
自らを俯瞰する感覚。この感覚に陥ることで、俊倫は自らを他人としてコントロールできる。
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Muchas gracias. ?Como puedo iniciar sesion?
bdnrqiehlh さん 2024年10月22日