春爛漫 (Page 3)
登場人物達の数奇な運命を見つめていた友也の手に、馨の手が不意に重ねられる。
内心では飛び上がるほど驚いた友也だったが、平静を精一杯装ってスクリーンを見つめ続けた。そんな彼の内心など知る由もない馨は、そっと細い指を絡ませる。
上映中はそのまま二人は過ごした。
ただ、手を握り合っていただけだったが、友也にとっては映画の内容より、ずっと刺激が強かった。とはいえ、それもシアターが暗い間だけ。照明が灯されたことを合図に、重なっていた馨の手は離れてしまった。
少々残念に思いながらも顔には出さず、友也は他の観客同様にぞろぞろとシアターを出ていく。
シアターから出ると、映画館に入る時には見向きもしなかった売店に立ち寄り、彼女はパンフレットを購入する。あまり表情を露わにしない馨が、ほくほくした顔で胸にパンフレットを抱いている所はかわいらしい。余程映画がお気に召した様子だ。
その様子を友也は見ているだけで、不思議と胸の奥がほんのりと暖かくなった。
「お昼どうする?」
馨に問いかけられ、友也は少し考えてから答える。
「行ってみたいお店があるんだけど、いい?」
「うん」
施設を出て、友也の先導で駅前の込み入った細い道を歩いていく。そして、駅前の喧騒が遠のき、古い錠宅が連なる辺りで友也は立ち止まった。
「ここ?」
「うん。一人じゃ入り難くて」
そこは一見すると古めかしい民家だ。しかし、小さな立て看板が出ており、カフェであることが辛うじて分る。開け放たれた小さな木製の門があり、前庭には飛び石が玄関へと続いていた。
少しばかりの勇気と、馨の存在に背を押され、友也は敷地へと踏み入る。もしもカフェなど営業していなかったら、と不安がよぎった。だが、古いガラス板の嵌った引き戸を開けると、中からコーヒーの香りが二人を出迎える。店内は民家を改装したらしく、うっすらとかつての生活の痕跡が見て取れた。
店主らしい老婦人は、若い来訪者に驚いた様子だったが、すぐに席に案内してくれる。
軽食とコーヒーを注文し、友也はミルクと砂糖を、馨はブラックでそれぞれ楽しむ。
軽食を早々に胃袋に仕舞い込み、馨はバッグから取り出したパンフレットを見ながら、あれこれと先程観たばかりの映画の感想を話す。
一つのパンフレットを覗き込む二人の顔は自然と近くなっていく。友也はその事に気付かない。熱心に馨の言葉に耳を傾け、パンフレットの内容に目を向けている。
こつん、と馨の膝がテーブルの下で友也の膝とぶつかった。
「ねえ」
映画の話が不意に止まり、友也は視線を上げる。そこで初めて彼は息が触れ合うほどに顔を近づけていたことに気付いた。慌てて顔を離そうとするが、それよりも早く馨が桜色の唇を彼の耳元に近づける。
「今日、親の帰り遅いんだ」
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