ヒモの心得
松井太一は、いわゆる「ヒモ」である。4つ年上のキャリアウーマンである江口楓と交際しているが、自分でお金を稼ぐことは一切せずに暮らしている。家事もほとんどせず、高収入の楓に何から何まで世話になる太一だが、楓が唯一望んでいる、心ゆくまで満たされるセックスに関しては自信がある。仕事が休みの土曜日、この日も太一はたっぷり楓を満足させるために…
「ごちそうさま」
広いダイニングで、江口楓は手を合わせた。
向かいに座る松井太一は、微笑んで頷いた。
「お粗末さまでした」
少し先に食べ終わっていた太一は、立ち上がって空いた食器を運び始めた。
「太一が作ってくれるご飯が、やっぱり1番美味しいなあ」
普段よりやや高いトーンで、冗談めかして褒めてくれる楓が今日は少し甘えたがっているのだと、太一はすぐに気づいた。
「目玉焼きとウィンナー焼いただけだよ?」
てきぱきと食器を運びながら、太一は笑う。
「うん、でも太一が私のために作ってくれたご飯だから、1番美味しいの」
おそらく職場などでは見せないようなふにゃっとした笑顔で、楓は言う。
「今日は何か用事ある?」
太一は、食器を流しで水に浸け、洗い始める。
「ううん、ちょっと疲れてるから今日はダラダラするー。とりあえずもう少し寝ようかな…あ、晩ご飯はどこか外で食べようか」
楓は大きく伸びをした。
「いいね、じゃぁ僕も今日はダラダラする!」
笑顔で言いながら、太一はこの後の段取りを頭の中で整えていた。
この土曜に向けてしっかり体調を整えたおかげもあって、気分もノッている。
楓を思い切り満足させてあげられそうだと思うと、安心感とわくわくした気持ちを感じる。
立ち上がった楓は洗面所に向かった。
綺麗に歯を磨いてから「二度寝」に入るのは、つまり睡眠だけが目的ではないからで、これは楓からの小さな合図のひとつでもある。
太一は手早く食器を洗い、一足遅れて自分も洗面所に向かう。
太一が入ろうとするとちょうど楓は出てくるところですれ違う。
「晩ご飯さ、あそこがいいな…最近できた」
「イタリアンの?」
「そうそう!」
「僕もそこ行きたいと思ってた」
「じゃぁ決まりね」
楓は微笑んで寝室に入って行った。
疲れているのは確かだろうが、疲れているからこそムラムラと湧いてくるものがあると感じさせるとろんとした笑顔と目の色だった。
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