捕食者

・作

女子校教師である坂木(さかき)には、かつて告白してきた女子学生がいた。彼女の名前は橘 栞(たちばな しおり)。告白された時、坂木は断る。淫行教師などと呼ばれては職を失うからだ。今は困ると言う坂木に栞は笑い、問いかけた。今でなければ良いのか、と。その時の顔はまるで捕食者のようだった。――そして、数年後。坂木の前に栞が教育実習生として現れる。あの時の事を忘れていないのだと告げる栞に坂木は困惑する。

甘ったるい声で「先生」と呼ばれ、坂木(さかき)は一瞬反応が遅れた。
ごくり、となってしまった喉の音が聞こえただろうか、目の前では何かを期待する目が光って見えた。
潤んでいるのか、と坂木が気付いた時には体がもうすぐそこにあった。

「やめなさい」

坂木の上擦った声に、どうして、と目だけで生徒は訴える。

「やめなさい」

もう一度強く言う坂木に生徒は悔しそうに唇を歪めた。
生徒の唇はツヤツヤとしている。
リップを塗っているからだと自慢げに坂木に見せてきたことを思い出す。

「今は、駄目だ」

今は、と坂木が強調すれば生徒の顔は泣きそうになった。

「今は?」
「そう、今は」

坂木の念押しの言葉で、生徒は体の向きを変えた。スカートがひらりと舞い、足が見える。
健康的、と言うよりはなまめかしく見えて、もう一度坂木の喉が鳴る。その瞬間、生徒は振り向いた。

「今じゃなかったら、いいんだよね?」

問われた内容とそぐわない顔だった。やけに挑発的で、まるで捕食者のようだと坂木が動かずにいれば生徒は、ニ、と笑った。

「今じゃ、なければ、いいんだよね?」

しつこく重ねることで、生徒は確実に言質をとりにきた。
坂木は宣戦布告のようだと思ったが、何せ長い教師生活の中、こういった経験が無いわけではなかった。
生徒のたちの言葉を全て真に受けていたら、痛い目に合う。
そんなこと、坂木にはよくわかっていた。
熱病に浮かされたように、彼女たちは恋をする。
しかもここは女子校だ。
周りに男がいないから、ただそれだけだ。
まるで自分に言い聞かすように、坂木は生徒から目をそらさずにいた。

そんな坂木の気持ちなど知らぬように、生徒は「今じゃなければ」と薄く笑い、そのまま教室を出て行った。

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