異貌なる者の蜜事 (Page 2)

「旦那様」

 ぱっと目が開き、視覚情報が氾濫する。

 彼の目の前にいるのは顔に火傷の跡があり、白濁した瞳をした娘だ。

 直前まで見ていた情報との齟齬が幾つもある。身体的な成長の度合いもだが、清潔さも身に付けているものもまるで違う。だが、それが同一の存在だと彼は認識した。

「おはよう。玻璃(はり)」

 娘の名前を呼び、彼は身を横たえていた寝台から起き上がる。

「おはようございます。旦那様」

「君と出会った時の夢を見た」

「そうですか」

 玻璃は微かに眉間に皴を寄せ、短く返事をした。

 市場で購入した少女に教育を施し、食事を与え、その瞳の美しさを鑑賞できるように身の回りのことをできるように仕込んだのである。その歳月は彼にしてみれば大した年数ではなかった。これからも鉱物には見られない変化を楽しませてくれることだろう。

 玻璃に先導され、毎日使うようになった食堂へと赴く。そして、玻璃を購入してから毎日するようになった食事を行う。

「今日の予定は?」

 パンを適度に噛み砕いて飲み下した彼は同じく食事をしている玻璃に問いかけた。

「今日はありませんが、明日はありますので遠出は控えてください」

「では、大人しくしているとしよう」

 彼は残った食事を全て口の中に入れ、飲み下した。味は感じていない。ただ、玻璃に合わせているだけだ。それは様々な生物が行う擬態に近い行動である。

 個として強い者が擬態を行う場合、それは効率よく獲物を狩るためであることが多い。彼も例外ではなかった。

 人類という種は圧倒的な速度で繁殖し、瞬く間に版図を広げた。食料が乏しく、狩り尽くさぬようにと配慮していた時代が終わり、飽食の時代となったのである。

 だからこそ、家畜を育てるように彼は気紛れに美しい瞳をしていた玻璃を育てた。

 樹木のように食堂に立ち尽くしている彼は食事の片付けをしている玻璃の後ろ姿をじっと見る。ブラウスにスカートを合わせただけの質素な恰好の彼女は、黙々と片付けを行っていた。肉付きも出会った頃に比べれば格段に良くなり、体重も増加している。尻や胸にも肉が付き、生殖行為が可能な状態まで成熟していることが窺えた。

 玻璃を口にしても問題ない状態なのだと、彼は判断する。

 風に揺れる樹木の様相で彼は玻璃の背後に移動した。玻璃に気付いた様子は微塵もない。

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