彼女の代わりに (Page 2)
「……分かった分かった。行きたいなら、連れてってやるよ」
俺はため息混じりに彼女を誘った。
途端に、彼女の表情がぱあっと明るくなる。
本当に犬みたいだ。
「でも、ちゃんとした格好しろよ。そんな俺のお古ばかり着てないで。自分の服もあるだろ?」
唯はきょとんとして自分の服を見下ろし、はにかむように微笑んだ。
「ん。この服着てると安心するんだ。お兄ちゃんに守られてるみたいで」
「ば、馬鹿なこと言ってないで、早く着替えろ。あと、髪も爪も綺麗にしろよ。……お前、綺麗な顔してんだから、きちんとしたらすっげー可愛いんだぞ」
「っ! ……さ、さすがお兄ちゃん、よく、ごご存知で」
唯は一瞬真顔になったが、すぐにニヤニヤとした笑みを浮かべた。
少し照れてるのか、頬が赤い。
「わ、私のこと、惚れ直しちゃうかもよ?」
「そもそも惚れてません」
「はははは、そだよねえ。……じゃあ、先に言ってて、女の子は時間かかるから」
彼女は立ち上がりながら笑うと、パタパタと軽い足取りで自分の部屋へ戻っていった。
一瞬寂しげな表情を作ったように見えたのは、気のせいだろう。
*****
「……おま、唯か?」
静かなレストランの中で椅子の音をさせて立ち上がった俺は、目の前の女性を見つめたまま固まっていた。
周りの席に着いている人たちが不審げな顔で俺をチラ見している。
いや、男はみんな、俺の前に立っている彼女を見ているんだ。
綺麗に整えられた癖っ毛に照明が反射してキラキラと輝き、真っ赤なショールの隙間から見える肩や鎖骨、細い首は真っ白い雪のようだ。
まるでどこかの女優かアイドルのような華やかな姿は、まるでそこだけスポットライトが当たっているかのように眩しい。
上目遣いの大きな黒い瞳は自信なさげに俺を見つめ、少し濃い赤で塗られた唇が緊張した笑みを浮かべていた。
上気してピンクに染まった頬やツルンとした顎のラインには、見覚えがある。
「お、遅くなって、ごめん」
「いや、いいよ。それよりも、すげー可愛いから、分かんなかった」
「ん。はは、惚れ直した?」
「お客様、どうぞお座りください」
彼女が照れたように笑ったのと、スタッフが声をかけたのは同時だった。
途端に唯の表情が曇る。
「あ、ああ、ありがとう。唯、座って」
慌てて唯の前の椅子を引いて促すと、唯が面白がるような笑みを浮かべて従った。
やはり、俺以外と話をするのは苦手らしい。
俺はスタッフに軽く頭を下げて自席に戻る。
仕事を奪われたスタッフが少し驚いたような顔をしたが、次の瞬間には優しげな微笑みを浮かべていた。
「では、料理をお持ちします」
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