こっち向いてよ

・作

バンドマンの彼氏に浮気された挙句に捨てられ、隣に住む幼馴染に愚痴を聞いてもらいに行った私。子供じゃないんだからもう同じベッドでは寝ない、と言う幼馴染に構ってほしくて、「忘れさせてよ」なんて冗談で言ってみたら…えっ、私の事が好きだなんて聞いてない!

「それでね、いつもより早く家に帰ったら、知らない女が私の…ねえ、聞いてる?」

「あー、聞いてる聞いてる。3回は聞いた」

「何それ、超むかつく」

私が脇腹をグーで小突くと、タケシは「あいて」とわざとらしく言った。

タケシは家が隣で、生まれた時からの幼馴染だ。

無口で野球ばっかしてて、お洒落でも何でもないけど、中身は結構、いやかなりいい奴だと思う。

現に、彼氏に浮気された女のしょうもない愚痴を、夜中に何時間も(渋々ながら)聞いてくれているのだから。

「夜中に窓から入ってきて通報されないだけありがたいと思え」

「いいじゃん、タケシだし。もう一本頂戴」

「お前、飲みすぎ…」

タケシはそう言いながらも、持っていたチューハイの缶を大人しく取られた。

「ふーん。タケシは失恋なんかしないから分かんないでしょー」

私がそう言うと、タケシは新しいビールの缶を開けた。

「…先月別れた」

「えっ?彼女いたの?」

「ほんの2、3ヶ月な。他に好きな男が出来たって、すぐ終わったけど」

「はぁ?何その女、ありえないんだけど!」

「まあ、俺も別にそこまで好きじゃなかったし」

もう忘れた、とタケシはビールをごくごく飲んだ。

…どんな子と付き合ってたのかな。

そう思ってじっと顔を見ていると、こっちを向いたタケシは眉間に皺を寄せた。

「…お前、いい加減顔で男選ぶのやめろよ。しょーもないチャラチャラした奴とばっかり付き合いやがって、もっと自分を大事に」

「あーはいはい、うるさいなぁ、分かってるって…。…はー…何か、疲れたぁ…」

正論で面倒臭い説教が始まる前に、タケシのごつい腕にもたれ掛かって目を閉じる。

…あったかい…

「おい、床で寝るな。風邪引くぞ」

「…うーん…」

「リサ…はぁ、ほんと手ぇかかる奴…」

ふっと体が浮いて、やや乱暴にベッドに降ろされた。

毛布が鼻の上までかけられる。

そして離れていこうとするタケシのシャツの裾を、私は咄嗟に掴んだ。

「どこ行くの」

「下で寝る」

「やだ、行かないでよ。電気消すと怖いじゃん」

「もう子供じゃないんだからよ。…色んな意味で」

「だって、寒いし…」

タケシはベッドに腰かけてしばらく考えてたけど、そのうち布団に入ってきて、私に背中を向けた。

分厚くて広い背中は、華奢なバンドマンの元彼とは全然違う。

「…こっち向いて」

「…」

「…ねえってば。起きてるでしょ」

私は構ってほしくて、タケシの背中を突っついた後、腰に手を回した。

「…あのさぁ。俺だって男なんだけど」

「知ってる」

「知ってるなら、ベタベタひっついてくんなよ」

「いいじゃん。…ねえ、タケシで忘れさせてよ」

馬鹿な事言ってないで早く寝ろ、と返されると思っていたのに、寝返りをうったタケシは真面目腐った顔をしていた。

「…分かった」

「…は?」

大きな体が私の上に覆いかぶさって、首元にちゅ、と唇が触れた。

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