モノクロに色付く世界
ある高校に司書として赴任した登則成実(とのり なるみ)。恩師である木檜佑司(こぐれ ゆうじ)と再会し、かつて彼に撮影された緊縛写真を取り戻すため自宅に招かれる。そして、自らの満たされない欲求の正体を思い知らされ……。
図書室に夕日が差し込んでいる。
校舎の端にある図書室には西向きに大きく窓が切られ、オレンジ色の光が斜めに室内を横断していた。
書棚の影が長く尾を引き、茜色と黒色が交差する室内。その一角にある四人掛けのテーブルに一組の男女が座っている。
普段であれば、そのテーブルの上には生徒が広げた読み物か、あるいは自習のためにテキストなどが広げられているのが常だ。
しかし、今は数枚の写真が並べられているだけだった。
木檜佑司(こぐれ ゆうじ)は、写真に視線を落としたまま。
そして、ぽつりと言う。
「美しいと思いませんか?」
「……」
彼の対面に座っている女性は、押し黙ったまま視線を写真に向ける。
白黒のそれはポートレートであった。中央に制服姿の少女が畳に座った状態で撮影されている。背景はどこにでもあるような特徴のない壁である。
カラー写真が当たり前の現代にあって、白黒の写真というのはなかなか珍しい。
だが、それ以上に目を惹くのは、被写体の少女だ。恍惚と苦痛の境界にある悩ましげな表情は下品になる一歩手前の淫らさで、微かに俯いた様子は手折られた花のような無残な美しさを漂わせている。
少女を花と形容するなら、それを活けるのは荒縄だ。
体の胸の辺りで交錯し、後ろ手に彼女を緊縛している。手が背後に回っているので、育ちかけている双丘が前に突き出されていた。
「わたしを、脅すんですか?」
女性は写真から目を離し、佑司へ視線を向ける。彼女の声と視線は少し震えていた。
「そんな下品なことをするつもりはありません」
きっぱりとした声音で佑司は告げる。疑わしげな眼を向ける女性に対し、さらに言葉を続けた。
「私は純粋に、その写真を美しいと思っています」
「美しい? これが?」
「過去のあなたは、少なくともそう思っていたから、私に撮影をさせた。違いますか?」
「……それは」
恐れではなく、今度は躊躇いに女性の声が揺れる。
「登則成実(とのり なるみ)さん」
フルネームで呼ぶと女性は無意識なのか、背筋を伸ばした。学生時代からの彼女の癖だ。
制服からパンツスーツに纏うものが変わっても、その内面は容易く変容しない。それが根深い部分であれば尚更である。
「一週間、時間を差し上げます」
「え?」
「よく考えてください。私の自宅はまだ覚えていますね?」
返事を待たず佑司はかつての教え子を残し、図書室を去った。
成実と、彼女を撮影した写真を残して。
佑司は書斎でカメラを手入れしていた。
今時珍しいフィルムカメラだ。デジタルカメラの普及によって駆逐されたかのようだが、愛好家の間で細々と生き残っていた。そして、彼もそんな愛好家の一人である。
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