日常の綻び
…ただほんの少し、退屈な日々に彩りが欲しかっただけなのに。――大学生と人妻、雨の日の小さな過ちから、平凡な日常は少しずつ崩壊していく。優しい夫、可愛い子供たち、安定した生活…それらを失う可能性があっても、キメセクの快感には逆らえない…
「おばちゃん、予約してたチキン南蛮5つー」
「はーい、ちょっと待ってね〜」
工事の作業員らしい若い男に弁当を渡し、郁美は寂しげに笑った。
…おばちゃん、か。
30を過ぎたばかりだが、小学生の子供も二人いるのだから、彼から見ればもう立派なおばちゃんだろう。
この時代に安定した職の夫が居て、お小遣い程度のパートをしていればいい生活は幸せだ。
そう、十分幸せなのだが…
…ちょっと寂しいわね。
郁美は美人だった。
少なくとも学生時代は、彼氏に困ったことはなかったし、街を歩けばナンパにあい、芸能プロからスカウトされたこともある。
だけど今では、商店街の小さな弁当屋で働く、ただのパートのおばちゃん。
もう若くないのだからという気持ちと、それでもまだ少しくらいちやほやされたいという微妙な気持ちが共存する年齢。
そんな郁美の心の隙間にするりと入り込んできたのは、近所の安アパートに住んでいる、大学生の京介だった。
一人暮らしの京介は料理をしないらしく、毎日のように弁当を買いに来る常連だった。
郁美の顔を見るたびに、「髪型変えた?今日も綺麗だね!」「そろそろライン交換してよ〜」なんて軽口を叩いてくる、今時のチャラい若者。
はいはいと受け流しながらも、今の郁美にそんな事を言ってくれるのは京介くらいのもの。
だからあの日、パートを終えた郁美の横をびしょ濡れの京介が通り過ぎた時、呼び止めて傘に入れたのは、純粋な親切心からだけではなかったかもしれない。
「あー助かったー。寄ってってよ、お茶くらい出すからさ」
「でも…」
お茶だけとはいえ、人妻が一人暮らしの男の部屋に上がるのはいただけない。
郁美が傘を握ったまま玄関で立ち止まっていると、悩んでると人に見られるよ、と言って、京介はドアを閉めた。
いかにも学生らしいワンルームの部屋は、服や教科書が散乱し、安っぽい煙草の香りが充満していた。
最初はお洒落にしようと頑張ったらしい中途半端なインテリア、ギターに麻雀牌、発泡酒の空き缶…それらを見ているとなんだかノスタルジックな気分になる。
「…片付けてくれる彼女さんとか、いないの?」
郁美が探るように聞くと、京介は濡れたTシャツを脱いで笑った。
「じゃあ、郁美さんがなってよ。そんでたまにご飯も作ってくれたら嬉しいな〜」
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