おまえの母ちゃん (Page 3)
何度も会って話している、言ってみれば互いに良く知った関係ではあるが、2人だけで過ごしたことはない。
ましてこんな狭い密室で2人きりになることなど一度もなかった。
思わず誘ったものの、翼は緊張して興奮していた。
「翼くんはひとり暮らしでもちゃんとしてるんでしょうね」
「そんなことないですよ、男子のひとり暮らしなんて…」
翼と涼太は同じ県外の大学に進学することとなり、各々がひとり暮らしをしながら大学に通っている。
そのアパートも近所だし、もともと親友なので今でもよく会ったり、仲良くしているのは事実だ。
しかしそうすることに、翼の側はほんの少しの下心もないと言えば嘘になるだろう。
恵からは、甘い香りがする。
いつも手作りのお菓子を振る舞ってくれていた恵の、そのお菓子のような甘い香りだ。
「そう?でも片付いてそうなイメージ。翼くんはイケメンだし彼女とかもできたんじゃない?」
屈託なく恵は聞いてくる。
「まさか!あ、いえ、本当にそんなモテませんよ。涼太の方が女子にはモテてます」
「あら!あの子がぁ?意外っ」
おかしそうに朗らかな笑い声をあげる恵は、年齢の割にやっぱり可愛らしいところのある人だなと翼は思う。
「涼太はお母さんに似て童顔じゃないですか、けっこうそういう男子ってモテるんですよ」
「へぇー、私たちの頃とは違うのね。私はかわいらしい系より、男らしくてしっかりした人が良かったし、現にそういう人が人気だったもの」
「そうなんですね」
「でも勿体無いわね、翼くんみたいな立派な子、同級生だったら私放っておかないのに」
「えっ」
「あ、ごめんなさい…こういうのってセクハラよね。やだわおばさんって図々しくて」
「いえ!あ、えっと…嬉しいですそんな言ってもらえて」
「ふふふっ、本当にちゃんとしてるのね」
そうこう話していると、あっという間に恵の家に車が着いた。
「あ、駐車場に入れてくれる?」
敷地内にある駐車場に入れるように恵は勧めた。
「いいんですか?」
「もちろん、道端に置いとくよりいいでしょ?どうせ家の車は20時過ぎまで帰ってきませんから」
兄弟のいない涼太の家で、つまり夜まで恵はひとりで過ごしているということになる。
「じゃぁ、荷物下ろしますね、どこまで運びます?」
エンジンを切って翼が尋ねると、恵は翼の顔をじっと見つめて言った。
「えっと…じゃぁキッチンまでお願いしちゃってもいい?」
レビューを書く