世界一下手くそなプロポーズ (Page 2)
散髪に使った道具を片付け、家の中をざっと掃き清める。それだけのことで長年蓄積した汚れによって、彼も薄汚れてしまう。
口の中で悪態をつきつつ、安吾は家の前へと出た。
とりえず、家の面構えから整えようと思ったのだ。
竹箒でざかざかと玄関前を履き散らし、ゴミをひとまとめにする。それだけでも見栄えは変わるのだ。
安吾がそんなことをしていると、ゆっくりと自動車がこちらへ向かって来ることに気付いた。
家は緩やかな丘の天辺にあり、そこからは海が臨める。そこへと自動車がゆっくり登ってくる様は、古い映画を彼に思い出させた。
竹箒を片手にその様子を見ていると、自動車は彼の前に停まった。
クラシカルな外観をしたその自動車から、一人の女が降り立つ。
「あら、どなた?」
きっちりしたパンツスーツにコートを着た女は、きりっとした外見を裏切るような甘ったるい声で言う。
「こに住んでる奴の友達ですよ。で、そちらさんは?」
「私は、そこに住んでる人間の姉」
「ほんとに? あいつに姉貴がいるなんて聞いたこともなかった」
「私も妹に友達がいるなんて、初めて聞いたわ」
お互いに出方を窺うような奇妙な沈黙がしばし流れたが、先に折れたのは安吾の方だった。
「上がりますか? 掃除をしたんで、足が黒くならずにすみますよ」
「あら、それはありがたいわね。スリッパを持参しなくてもよくなりそう?」
「そいつは緋沙子の行い次第ってとこですね」
二人は軽口を言い合いながら台所まで移動した。
「インスタントでよけりゃ、コーヒーぐらい出しますがね。どうします?」
「あら、本当に凄いのね。コーヒーがここで飲めるなんて思わなかったわ」
「あいつは、今までどうやって生活してたんですかね、まったく」
「だから私が定期的に様子を見に来てるのよ。あの子、制作中は食事しなくなるから」
「マジかよ」
「マジよ」
コーヒーを受け取り、一口飲んでから女は上目遣いに彼を見た。
「ところで、お名前は?」
「白瀬です」
同じようにコーヒーを啜り、安吾は短く答える。
反対に女は黙って名刺を安吾へ渡す。名刺には画商の肩書とメールアドレス、喜納沼綾子(きのぬま あやこ)の名前が記されている。
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