世界一下手くそなプロポーズ (Page 3)
「ちなみにあの子はどこ? アトリエ?」
「風呂に入ってますよ」
何気なく言った安吾の言葉に綾子は驚いた顔をする。それから思案顔になり、彼女は安吾の耳元に口を寄せた。
「あの子は人妻よ」
「はぁ?」
「まあ、正確には未亡人だけどね」
「心配しなくたって、手を出したりしてませんよ」
渋面になった安吾を見て、綾子は苦笑する。
笑われ、むっとした安吾が口を開きかけた時、緋沙子が姿を現した。生乾きの髪を額に張り付け、肩にタオルを引っかけた姿は、綾子が言うように人妻には見えない。妙にあどけなく、彼女だけ学生時代で時間が止まっているような気さえする。
「あらぁ、さっぱりしたじゃない」
「ああ、彼が切ってくれた」
「へぇ、器用なのね」
意味深に流し目を寄越され、安吾は憮然として黙り込む。
「それはそうと、絵の方は順調?」
「なんとかね」
「そう。ならいいわ。出来上がる頃にまた来るわ」
「うん。いつもありがとう」
「気にしないで、私もしっかり稼がせてもらってるもの」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「あなたの元気なところも見れたし、私はお暇するわね」
「忙しいのに、ありがとう」
「いいのよ」
綾子は妹をそっと抱き締め、離れると安吾の肩をぽんぽんと叩いた。
「じゃあ、緋沙子をお願いね」
「せいぜい気を付けますよ」
嫌味に聞こえるように彼は言ったが、微塵も堪えていない様子で受け流されてしまう。逆に安吾の方が思春期のガキに戻ったようで、居心地が悪い思いをする羽目になってしまった。
緋沙子は綾子を玄関まで見送りに行き、台所に一人取り残された安吾は、ふと呟く。
「手ぇ出しゃしねぇよ、友達に」
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