世界一下手くそなプロポーズ (Page 7)

「私は人が嫌いで、困ったことに私も人間だから自分のことも嫌いだった。まあ、若気の至りだ」

「大病だな。治ったか?」

「君が荒療治をしてくれたからね」

「じゃあ、いいだろ。お前は絵描きとして成功してる」

「君と違ってね」

「……クソが」

「皮肉なことに私の避難所だった絵を、君が変えたのさ。私は君の絵が好きだったよ。奔放で、君が世界を愛しているのが分かった。だから、どうしても許せなかった」

「俺はお前の絵が嫌いだった……。どうしようもなく美しくて、そのくせ雁字搦めになってた」

 どうにもならない才能の差に筆を置いた日のことを思い出し、安吾は口の中が苦くなった。もう絵のことなど忘れたと思っていたのに。だから会っても大丈夫だと考えていたというのに。

「安吾。私はね」

 椅子から緋沙子が立ち上がり、安吾に迫る。彼女の足元で床が鳴った。

「勝てない勝負はしない主義だ」

「よく言うぜ。結婚に失敗した奴が」

「……なんで、知っている」

「お前が自分で言ったんだろうが」

「そうなのか」

 呻いて緋沙子は安吾から距離を取る。

「てっきり私は一緒の部屋で寝ていたから、君が私を受け入れてくれたものだと」

「……あほか。中学生男子みたいなこと言いやがって」

 すごすごと緋沙子は背中を丸めて台所を出ていく。

「おい、朝飯どうすんだよ」

 追いかけた安吾の目の前で、ぱたんと緋沙子の部屋の扉が閉まる。
 憤然と彼は扉を開け、部屋の中に踏み込む。ベッドに緋沙子が潜り込み、子どものように丸くなる。

「私の失敗を知って軽蔑しただろう? もう放っておいてくれ」

「まあ、なんだ。昨日のことなら聞かなかったことにする。軽蔑もしてない。だからガキみたいな真似はやめろ」

 がばっと緋沙子がシーツを跳ね上げて体を起こす。

「私たちは大人だ。そういうことをしよう」

 耳まで真っ赤にして彼女は安吾を抱き締めた。首筋に口付け、吐息を漏らす。

「ヤれば大人っていう発想がまずガキなんだよ。あとヤケクソの女とヤッても気分悪いだけだ」

「君は経験があるのか?」

「そりゃあ、この歳だからな」

「では、私の創作に協力してくれ」

「なんだよ、そりゃ」

 続けて文句を言おうとした安吾の口を緋沙子が塞ぐ。あまりにも不器用な口づけ。前歯が当たり、痛みが走る。

「へたくそ」

「……仕方ないだろう。初めてなんだ」

「しょうがねぇな」

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