世界一下手くそなプロポーズ (Page 9)
「今日は、大丈夫な日か?」
コンドームがないので、安吾は彼女に直接的に聞いた。こくりと緋沙子が頷く。顔立ちと仕草のせいで妙に幼く見える。学生の頃に戻って当時の緋沙子を抱こうとしているような、そんな奇妙な錯覚を安吾は振り払う。
彼が抱くのは、目の前にいる緋沙子だ。
お互いに久しぶりだからと、安吾はゆっくりと挿入する。狭い入口を抜けると、肉壁がきゅうきゅうと男根を締め付けた。じわじわと奥へ進む男根から目を離すと、緋沙子が黒曜の瞳を潤ませているのに気付いた。
「すまん。痛かったか」
「……初めては、こんなものだろうさ」
「おい……、マジかよ。お前結婚してたんだろ」
「あの人とは同じ部屋で寝たこともない」
尻すぼみに小さくなっていく緋沙子の言葉に一番ショックを受けていたのは、他ならぬ安吾自身であった。
放心していたのは短い時間だった。安吾は覚悟を決め、ゆるゆると緋沙子の中を責める。あまり派手に動かぬよう、解すことを目的としたものだ。その甲斐あって、彼女の膣肉は次第に締め付けるだけでなく、男を誘うように蠢きだす。愛液の分泌が増え、淫猥な音を二人の股間が立てるようになった。
次第に痛みに耐えるものだった緋沙子の表情は快楽によって蕩け、時折眉根を寄せては初体験の快感に耐えている。
「我慢すんな。良くなってきたんなら、受け入れちまえ」
「うん」
とんとんと奥を刺激する内に安吾も射精感が高まってきた。
「はぁっ、うぅん、安吾、なにか体が」
「大丈夫だ、そのままでいい、俺も……!」
膣壁が蠢き、一気に男根を締め付ける。
緋沙子は安吾の首筋にしがみ付いて、ぐぅっと背を反らした。安吾も彼女の体を壊れそうなほど強く抱き締め、一番奥で射精する。久しぶりに女性の奥で放つ精は頭の芯が痺れるほどの快感だった。
二人で荒い息を吐き、シーツにくるまる。無言だった。行為の後の心地良い疲労に飲まれ、二人はとろとろと眠り始める。
そんな時、不意に呼び鈴が鳴った。
慌てて安吾は服を着て、玄関に向かう。
「どーも。緋沙子はアトリエ?」
訪ねてきたのは綾子である。初対面の時と同じようにスーツを着こなしていた。
「いや、まだ部屋じゃ……、呼んできますよ」
冷や汗をかきながら安吾が回れ右をしたところに、ちょうど緋沙子が姿を現す。髪はぼさぼさのままで、服も乱れている。
「ああ、姉さんか。お茶でも飲んで、待っていてくれ。絵を持ってくる」
「そうさせてもらうわ」
一連りのやり取りを安吾はヒヤヒヤしながら聞いていたが、どうも怪しまれてはいないようだ。
だが、緋沙子が立ち止まり、不意に言い放つ。
「次に描きたいものが決まったよ」
「あら珍しい、どうするの?」
緋沙子は少し肩をすくめて背中越しに言う。
「安吾さ。モデルになってくれるだろう?」
「あん? 聞いてねぇぞ」
安吾の返事を待たず、緋沙子はアトリエへ去ってしまう。
話は終わったものと思い、台所へ行こうとした安吾の襟首を綾子が捕まえる。
「あなた、あの子と寝たでしょ」
「まあ、なんと言いますか」
「まあ、いいけどね」
安吾を解放し、綾子は溜息を吐く。
「あの子ね、ずっと人をモチーフにしなかったのよ。描きたい人がいるから、他の人間は描かないって。まあ、史上最高に下手くそなプロポーズよね。分かり難いったらないわ」
「マジかよ」
「マジよ」
安吾は頭を掻いた。
それから苦笑を浮かべて緋沙子の後を追う。
「まったくしょうがねぇ奴だな。プロポーズってやつを今から俺が見せてやる」
(了)
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