恋と呼ぶには近すぎる (Page 3)

「それで、相手をぶん殴ったのか?」

「……なんで分かんのよ?」

 彼女の手に残った薄い傷を龍之介は指先で軽く撫でる。傷そのものは塞がっていても、しっかりと跡が残っていた。

「ムカついたからね」

 言って晴稀は胸倉から手を放し、傷の残っている手を握って目を伏せる。

「そんだけ痛めつけられたら、男も反省しただろ」

 龍之介が笑うと、晴稀も顔を上げて笑った。

「でしょうね。……でもさぁ」

「なんだよ」

 再び歩き出した彼の顔を覗きこみ、晴稀が意地悪く言う。

「君さ、笑った顔怖すぎない? モテないでしょ」

「うるせ」

 晴稀の後頭部を鷲掴みにして、龍之介は左右に揺さぶる。彼女はその手を振り払い、駆け出してしまう。それを追いかけ、龍之介も走る。生ぬるい夜気を裂いて、二人は足音も高く追いかけっこを始めた。

 

 夜の町のどこをどういうふうに走ったのか、見知らぬ公園に二人は辿り着いていた。遊具は撤去されたのか、コンクリートの土台だけが遺されている。ベンチすらない小さな公園と公道の境目を表わすのだろう車止めに腰を下ろし、二人は汗だくで息を切らしていた。

「あっつぅ、汗だくなんだけど」

「終電逃した……」

 とっくに日付が変わっており、随分と長い時間かけて追いかけっこをしていたのだと、龍之介は自分の馬鹿さ加減に笑ってしまう。

「なんだ、君の家まで結構近いじゃないか」

 スマホのナビゲートアプリを見ながら晴稀が方角を指す。彼女の手元を覗き込むと、龍之介の見知った通りまで簡単に出ることができそうだった。

 それから二人は途中で見つけたコンビニに寄り道をし、龍之介のアパートまで辿り着く。

「うっ」

 アパートの扉を開けた瞬間、屋外にも増して暑苦しい空気が流れ出し、龍之介は呻いた。急いで部屋に上がり、龍之介は窓を全開にしてエアコンを稼働させる。

「アイス、冷凍庫に入れとくからね」

 途中のコンビニで買ったアイスを晴稀が冷凍庫にしまっている間に部屋の換気を終え、龍之介は窓を閉める。まだまだ熱気は残っていたが、快適な室温になるまで少しの我慢だ。

 しかしながらそれまで待っているのは、苦痛以外の何物でもない。

 龍之介は着替えを用意し、風呂場へと向かう。

「あっ、ちょっと私が先だからね」

「家主は俺だぞ」

「レディーファースト」

「実は女を先に行かせて、安全を確かめるためらしいぞ」

「じゃあ、安全を確かめてくるから、待ってて」

「安全確認は家主の責任だな」

「そういうのいいから」

「お前が言い始めたんだろうが」

 下らない言い争いをしているだけで、だらだらと二人の体を汗が流れていく。扉一枚隔てた部屋では今頃エアコンが快適な温度にしているだろうに、どうして熱気の籠った台所で言い争っているのか。

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