裏切りの味は (Page 7)

 会話もなく黙々と歩き、真尋と誠吾の住処であるマンションまで辿り着く。雨上がりの街では偶然にも誰とも出会わなかった。

 エレベーターの呼び出しボタンを押すと、待つこともなくすぐにドアが開いた。やはり無言のままで、二人は狭い個室へと這入り込む。
 するするとドアが閉まり、個室は密室へと変わる。階数のボタンを押すと微かな浮遊感を伴って上昇を開始した。だが、エレベーターの個室にいる二人には外の様子など分からない。

 そっと探るような手付きで誠吾の手が、真尋の背中に触れる。薄いTシャツの生地を超えて、彼の体温がじんわりと真尋の肌を暖めた。
 真尋は誠吾に向き直り、彼と同じように相手の背中へ手を回す。誠吾の背筋は強張って固くなっていた。緊張か、恐れなのかも真尋には分からない。じっと彼の胸へと額を押し当て、短い浮遊感に身を委ねた。

 微かな振動を伴ってエレベーターが停止する。

 誠吾は真尋から体を離すと、顔だけ出して共有廊下を覗き見た。彼は真尋の手を握ったままだ。その思わぬ力強さに真尋は、そっと吐息する。

 手を引かれ、真尋はマンションの廊下を歩いた。
 二人の他にも住人は存在し、いつ出くわすかもわからない。だが、不思議とマンションは静まり返っており、住人が消失してしまったかのようだった。

 真尋と誠吾。それぞれの部屋の前に辿り着く。
 このまま手を離し、背を向け合えば何事もなく終わる。
 そのはずなのに、真尋はかえって強く彼の手を握ってしまっていた。

 誠吾は、その特徴的な青灰色の瞳を伏せ、ポケットから鍵を取り出すと、自分の部屋のドアを開ける。

 中は暗い。
 その暗い中へとゆっくりと誠吾は真尋を引き込んだ。

 真尋は手を引かれるまま、彼の部屋へと入り、自らの意思で扉を閉ざす。すると一層闇が濃くなり、他人の家の匂いを感じた。そして、すぐさまその匂いをかき消すような濃い男の体臭に包まれる。

 不快感はない。だが、仄暗い達成感に似た感情が胸中に湧いた。

 気づけば間近に誠吾の顔がある。至近距離で見る誠吾の瞳は、暗い輝きを宿していた。青灰色の瞳は人の体の一部というよりも、名前も知らない宝石のようですらある。
 誠吾の瞳に見惚れていると、唇を奪われた。唇を啄む柔らかく優しい口付けは、奪うという行為とは程遠い優しさだった。

 真尋も彼の唇の愛撫を受け入れ、同じように誠吾の唇を啄む。冷たく強張った感じのある彼の唇が、次第に自分の体温で解けていくのを感じると強い優越感に見舞われる。
 意図せず吐息も熱を帯び、彼女の瞳は愛欲に潤んでいた。
 舌を絡めたのは真尋からだった。戸惑いの気配を感じながらも、真尋は誠吾の口腔を貪っている。唾液を啜り、歯列を舌先でなぞった。軟体生物のように蠢き、舌が絡み合う。

「うっ」
 誠吾が呻いたのは、真尋がズボンの上から股間をなぞったからだ。ズボンの中で性器は既に固くなっており、布地を押し上げている。

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