雪女に殺されたい (Page 6)
シングルの羽毛布団に包まりながら、彼女とふたりで話をした。
彼女は雪女ではなかった。途中というかわりと序盤で目が覚めてはいたが、当然生きている人間だった。
そしてここは彼女の実家で、昨日俺を部屋に倒してくれた女将が彼女の母親だという。
「自殺しようとしてたでしょ。お母さんが言ってたの。海が見たくてこんな田舎までわざわざ来るなんておかしい、絶対死ぬつもりだ、うちの部屋で死なれたらどうしよう、って」
「いや、たしかにそうだったけど、部屋で死んでここに迷惑をかけるようなつもりはまったく……」
「うん、わたしもそう思ったの。海が見たいなんて言うならきっと海で死ぬつもりなんだってね。だからわたし、昨日の夜からずっと張ってたの」
「昨日の夜?……どうして初対面の俺に、そこまでしてくれるの」
彼女も俺もまだ裸のままだった。胸元に彼女が猫のように潜り込んでくる。
「昨日の夕食、わたしが作ったの。すごい褒めてくれてたってお母さんから聞いて、本当に本当に嬉しかったの」
ねえ、と彼女は俺に詰め寄った。
「うち、長く勤めてくれてるおじいちゃんの従業員が、もうすぐ退職しちゃうの。募集かけてもぜんぜん応募来ないし、中で出したし、責任とって」
彼女は上目遣いで俺を見つめる。どうして俺にはこの子が雪女になんて見えていたのだろう。
いつの間にかもう夜は明けていて、雪も止んでいた。窓の外を眺めながら、彼女に言う。
「昨日は気づかなかったけど、ここ、すごくいい町だね。空が広くて、海もある」
「そうだよ。なんにもないとこだけど、いい町なの。ねえ、海見に行く?見たかったんだよね?」
「海はもういいよ」
「ねえ、まだ死にたい?」
俺の首に手を回し、下から覗き込むようにして彼女は問いかけてきた。
「……あんないい思いさせてもらったから、しばらく死ねないな」
「でしょ?じゃあ責任とってね!」
お母さんに紹介しなきゃ、とはしゃぎながら抱きしめてくる彼女が愛おしくて堪らなかった。
目の前の彼女は雪女なんかではなかった。温かくて、柔らかくて、血が通っている、生身の人間だった。
(了)
とてもよかったです。次の作品も楽しみです。
匿名 さん 2020年11月7日