恋と呼ぶには近すぎる

・作

大学生の龍之介(りゅうのすけ)と晴稀(はるき)は高校時代からの友人。ずっと続く腐れ縁は二人の間に奇妙な友情を育んでいた。遠くて近い距離にいる二人の少し変わった、ある一夜の出来事。

 肺の奥まで安酒とつまみの匂いが染み込むような気がして、夏目龍之介(なつめ りゅうのすけ)は小さく咳き込んだ。

 口の中の甘さを持て余し、水を探すがどこにもない。仕方なく龍之介は口をへの字にして黙り込んだ。

「これ、飲む?」

 隣に座っている樋口晴稀(ひぐち はるき)がペットボトルの水を彼へ差し出す。小さく礼を言い、水を一口飲んでから龍之介はそれが持参したものであることに気付いた。

「俺のだろ、これ」

「気づくの遅くない?」

 晴稀はけらけらと笑い、また彼の手からペットボトルを奪う。喉を反らして豪快に中身を飲み干し、彼女は空のペットボトルを龍之介へと返却する。

「いらん」

「君が持ってきたんだから、ちゃんと始末しなよ」

「そっちがパクったんだろ?」

 ぐいぐいと空のペットボトルを押し付け合っている龍之介と晴稀を見て、テーブルを囲んでいる男女が笑う。

「めっちゃ仲いいね」

「いいよ、こっちで捨てとくから。……二人って、元々知り合いなんだっけ?」

 そう言ったのは飲み会の会場にされたアパートの家主だ。晴稀と同じ大学で、学部が同じだと龍之介は聞いていた。名前はまだ覚えていないが、人の好さが顔面から滲み出ているような青年だ。

「高校の同級生」

「そうだよ。未だに腐れ縁が続いてるんだから」

 その腐れ縁が元で龍之介は今回の飲み会に参加していた。晴稀から持ち掛けられ、何人か知り合いを連れて参加する羽目になったのだ。退屈な飲み会ではなかったが、甘い安酒ばかりなのは辟易する。かといって自分の好みだけを主張るわけにもいかず、龍之介は味は気にしないようにしていたが、そろそろ限界が近い。

 スマホを取り出し、時刻を確認する。

 そろそろ終電の時間だ。

「終電で帰るから」

 それだけ龍之介は告げ、のっそりと立ち上がる。体格がよい彼が立ち上がると、狭いアパートの一室が余計に狭苦しく感じた。少々厳つい顔立ちのせいもあって、初対面ではいたずらに怖がられることもある。

 玄関までと言って、家主が見送ってくれた。

「ああ、そうだ」

 龍之介は財布から幾らか紙幣を取り出し、差し出した。

「つまみ、色々作ってくれたみたいだから。材料費」

「え、でも。僕が勝手に作っただけだし……」

「飯屋で働いるから、あれだけのもんを作るのが大変だって知ってるんだ。だから受け取ってくれ」

 正直なところ、龍之介はこの人の良さそうな青年が気に入っていた。初対面の龍之介を外見だけで怖がったりせず、じっと穏やかな顔で話していた。

「二人でなにやってんの?」

 差し出された紙幣を前に相手がまごついていると、晴稀が現れた。鞄を持っているところを見ると、どうも彼女も帰るつもりらしい。

「夏目、脅してるの?」

「なんでだよ」

 思わず顔をしかめ、龍之介は晴稀を睨む。大抵の相手は怯えるが、彼女はあっけらかんと笑っているだけだ。

「だって、君がお金持ってるから、カツアゲしたんじゃないかと」

「樋口さん、違うんだよ」

「ごちそうさん。美味かったよ」

 相手があたふたしている隙に胸ポケットへ紙幣をねじ込み、龍之介は外へ出る。

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