憧れの後輩は痴女?
二宮康太は生意気な後輩・一条真奈に密かな恋心を抱いていたが、歳の差を理由に諦めていた。しかしある時、そんな恋心を部下の男性に相談している会話を入手した真奈が、康太を脅しに来る。その要求は、ホテルで一夜を過ごすことだった―――。
「先輩、ちょっといいスか?」
不意に聞こえてきたそんな不遜な台詞に、俺は溜め息を漏らしながら椅子ごと振り返った。
声の主は、ショートシャギーの黒い髪に健康的なピンク色の唇、小さめの鼻にくりっとした大きな目が特徴的な、社内でもなかなか人気のある後輩、一条真奈だ。
あと10歳若ければ、俺だって告白していたことだろう。
でも、俺を見下すような笑みを口元に浮かべたその表情が、そんな気持ちをなかったことにしてくれていた。
「あのなあ『いいスか』じゃなくて、『いいですか』だろ? テレワークで誰もいないからって気が抜けてるんじゃないのか?」
そう言って俺は、自分(二宮康太)とこのちびっ子OL真奈の2人だけしかいないオフィスを見渡した。
口うるさい上司がいないのは気軽だが、シンとしたオフィスは寂しいものがある。
「なにより、社会人4年めの出世頭だっていうのにそんな口の利き方しかできない後輩なんて恥ずかしい。嘆かわしい。悲しい。切ない」
「ははは、大丈夫ッス。先輩と2人の時だけこんな話し方ッスから」
「余計に質が悪いわ! ちょっとくらい俺のことを尊敬しろ!」
胸を張ってドヤ顔を見せる彼女に、俺は盛大に突っ込んだ。
真奈が満足気な笑みを浮かべる。
「いやあ、無理ッス。だってほら……。せ、先輩、私のこと好きじゃないッスか?」
「え? は? なに? 何言ってんの?」
ドキンと胸が高鳴って、思わずしどろもどろな言葉が口を衝いた。
真奈の頬が僅かに緩んだ気がしたが、その笑みはニヤリとした嫌味なものになって、見下すような視線を向けてくる。
俺は小さく深呼吸して、心を落ち着かせた。
彼女に気付かれているわけがない。
子犬のように俺の後ろを付いてきていた彼女はもう、俺に背中を見せて突っ走っている。
そもそも、10歳以上も年下の後輩にときめいているなんて、セクハラ扱いされても不思議じゃないだろう。
「……あのなあ。馬鹿なこと言ってんじゃないよ。仕事しろ、仕事。ここは会社だ」
激しく脈打つ鼓動を気付かれないよう深呼吸しながら、俺はデスクに視線を戻した。
平穏な仕事の風景が戻ってくる。
「年度末なんだから、時間がないぞ。それにせっかくの週末なんだし、さっさと仕事終わらせ―――」
『俺は一条が本気で好きなんだよ。アラフォーにもなるおっさんが娘みたいな可愛いちびっ子に恋してるってわけだ』
呂律の回っていない自分の声が聞こえてきて、俺は固まった。
一体、何を言ってる?
振り返ると、真奈が自分のスマホを操作しながらニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「……それ―――」
「よく撮れてるっしょ? こないだのリモート飲み」
彼女は赤らんだ顔で半眼になっている俺が映るスマホの画面をこちらに向けて、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
あの時のことが、頭の中にありありと思い出される。
「あ、いや。あの時はもう、田中と俺しか繋がってなかっ―――」
真奈の笑みが大きくなり、俺はハッとして口を噤んだ。
あの時、俺と田中以外にも誰かが繋がっていた。
画像が送られてきていない『田中(PC)』と書かれた画面も映っていたんだ。
「お前、まさかあの時……」
「ふふふ。思い出したッスか? そう、あの『田中(PC)』は私ッス!」
腰に手を当てて胸を張った真奈は勝ち誇ったように宣言し、またニヤリと嫌味な笑みを浮かべて俺を見下ろした。
彼女は自分の表示名を変更して、俺と田中の会話を録画していたということか?
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