あの日に帰れるのなら (Page 8)
もう日付は変わっていて、あと半日もすると式の時間だ。テーブルの上に出しっ放しになっていた、今日の式の席次表を眺める。恵美香の友人たちを集めたテーブルの中に、芦原つばめという名前を見つけた。
恵美香とつばめの関係を知ったのは、彼女と付き合い始めて半年後くらいのことだった。
その日は土曜日で、恵美香は俺の部屋にきて夕食を作ってくれていた。いつも日曜日は一緒に出かけたりどちらかの家で過ごしたりしていたのだが、その週は恵美香が日曜日に友達と会う約束があり、俺とは会えないことにいたのだ。
そういえば、明日会う友達ってどの子?と、何の気なしに俺は尋ねた。きっと今回も、よく遊んでいる何人かの友人の名前が返ってくるのだろうと思っていた。
『つばめちゃんだよ』
その瞬間のことは、今でも鮮明に覚えている。
『芦原つばめちゃんっていうの。珍しくて可愛い名前だよね。名前だけじゃなくて本人も可愛いんだけどさ、大学の頃のバイト先が一緒で仲良くなったんだー』
彼女はじゃがいもの皮を剥きながら、つばめのことを俺に聞かせてくれた。つばめが東京に行ってからのことは当然俺には知らないことばかりで、同姓同名の他人なのかもしれないと一瞬思ったが、こんなに珍しい名前の人間が俺の知っているつばめの他にいるとは思えない。
『つばめちゃん、地元が札幌らしくてね。帰省してくるから会おうって連絡くれたんだ。久しぶりに会えるから楽しみだな』
恵美香からはその後も何度かつばめの話を聞いた。
今日、俺とつばめは顔を合わせることになる。つばめは恵美香の夫になるのか俺だと知っているのだろうか。それとも俺のことなんて忘れてしまっただろうか。
忘れてくれていた方が俺にとっては都合がよいはずなのに、自分の中にこれほどまでに深い爪痕を残していった彼女の中にも、俺と同じくらい深い傷が残っていればいいのにと、身勝手にも願ってしまった。
つばめのことを愛していた。人生でいちばん、好きになった女だった。離れてからも、心のいちばん奥にはずっとつばめがいた。そこまで愛していた彼女を裏切った、あの日の若く愚かだった自分をこの先ずっと呪い続けて、俺はこの先つばめのいない人生を生きてゆくのだ。
(了)
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