硝子 (ガラス) の恋 (Page 4)
私が卒業旅行で海外へと旅立つ日、珍しく彼が車で空港まで送り届けてくれた。
「どうもありがとうございます」
「いいえ。気をつけて行ってくるんだよ」
「はい」
私がシートベルトを外して車外に出ようとすると、ふいに彼が「君に出会えて、本当に良かったよ」と言った。
私は恥ずかしくなって、「急にどうしたんですか」とだけ返した。
そのまま、彼に手を振って別れた。
次に彼に会ったのは、彼のお葬式だった。
彼は私を見送ったあと、相続問題で揉めている実家を訪れ、もう二度と関わる気はないと宣言した。
激昂した彼の弟が包丁を振り上げ、あっという間の出来事だったという。
その言葉を、私はぼんやりしながら観たニュースで知った。
彼の葬儀には、多くの大学関係者が訪れていた。
「まだ若かったのに」「彼のフルートは一流だった」
そんな声が、どこからともなく聞こえてきた。
私は着慣れない喪服姿のまま、彼が微笑む遺影を見つめた。
その顔は、「そういう格好も、似合っているよ」と言いたげなほど、優しかった。
私は間もなく解約するマンションに戻り、スカートと下着を下ろして下腹部に自分の指を滑り込ませる。
そこは全く潤っておらず、擦れば擦るほど痛みを増した。
もう、私のここを、誰も愛してはくれないのだろうか。
どうしてもっと、彼のことを深く知ろうとしなかったのか。
身体が繋がっていたことで、心まで繋がっていると思い込んでいた。
私と彼は、ガラス一枚を隔てたような関係だった。
そういえば最後に繋がった時、彼は初めて「硝子」と呼び捨てにしてくれた。
私の目からは見る間に涙が溢れ出し、止まらなくなった。
している時には、一度だって泣いたことがなかったのに。
私は彼を失った絶望感に打ちひしがれながら、ガラスのような恋をしていたのだと、悟った。
(了)
美しい文章でした
匿名 さん 2020年4月26日