春三月・桜の下で少年は…… (Page 2)
ピンポーーーン♪
「こんばんは! 彩香です!」
「はーい、今開けます!」
その日の夜。節子が玄関を開けると、長い黒髪の若い女性が立っていた。
「あらァ、先生。今夜もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
彩香は深々とお辞儀をした。北嶋彩香(きたじまさいか)、21歳。和真の家庭教師をしている女子大生である。
「そうそう、先生? 今日、和真ちゃんの模擬試験の結果が戻ってきたの。あら、立ち話も何だから、上がってちょうだい」
「はい、おじゃまします」
彩香はリビングに通され、白いソファーに座った。節子はそそくさとレモンティーを準備した。
「いただきます」
彩香はそっとカップに口をつけた。そして、
「あの……和真君の志望校なのですが……」
「そうそう! 掘北学園よね! 今回の模擬試験ね? 掘北学園の合格判定がD判定だったのよ!」
「……そのことなのですが……」
「あの子はね? 将来公務員になるのよ! だって、公務員が一番安定してるじゃない? 仕事ってね、生活の基盤を作ることなのよ! 個性とか専門性とか言われてる世の中だけど、生活の基盤を作るには、やっぱり安定性が大事なのよ! 夢や専門性にしがみついて仕事してても、収入や身分が安定してなかったら生活出来ないじゃない? そう思いません? 先生?」
節子は一気にまくし立てた。彩香は反論したかったが、
「は、はぁ……」
と曖昧に返事するしかなかった。
「だからね? 先生には和真ちゃんをもっと厳しく指導して欲しいのよ! 今のままじゃあ甘いわ! 掘北学園に落ちて浪人しちゃう! お願いね? もっと厳しくね!」
彩香は黙ってレモンティーをコクリと飲んだ――
コンコン♪
「和真君、こんばんは!」
彩香は和真の部屋のドアをノックした後、ソロリと中へ入っていった。
「あ、彩香先生、こんばんは……」
「何だか浮かない顔ね? やっぱりテストの結果?」
「うん……まあね……」
和真はそう言うと、フゥと小さくため息をついた。
(和真君、本当は掘北学園に行きたくないんだわ)
彩香の推測は確信に変わろうとしていた。彩香が和真の家庭教師になったのは約半年前である。その時も掘北学園の合格判定はそれほど良くなかったが、それでも彼はもっと意欲的に勉強をしていたし、飲み込みも早かった。しかし最近は勉強への意欲もめっきり薄くなり、何か視線も遠いところを見ている感じがしていた。
「さっ、気持ちを切り替えて、今日の勉強よ!」
「……うん……」
和真の反応はやはり悪い。
「ねえ? 先生?……」
「なぁに? 和真君?」
「うぅん……何でもない……」
和真は首を小さく横に振り、そして再びため息をついてうつむいてしまった。彩香は、そんな彼をしばらく静かに見守っていたが、おもむろに声をかけた。
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