官能空想遊歩

・作

官能小説のネタ出しに悩む小説家の高坂。彼は入った喫茶店、夢の中、帰り道で見かけた男女を元に淫らな空想を繰り広げる。

 出版社の入ったビルを出た高坂(こうさか)は、天を仰いだ。

 薄曇りの空は盛夏の頃をとっくに過ぎ、通り魔のような太陽は鳴りを潜めている。

 暑いのが苦手な彼にとっては有難いことだ。とはいえ、有難がってばかりもいられない。

 もう一度、高坂は今しがた出てきたビルを見つめる。

 幾つかあるペンネームのひとつで書いた官能小説がそこそこ売れた。

 喜ばしいことだが、もう一冊、と担当編集者に言われた時は、胸が苦しくなったのも事実である。何しろ、二冊目のことなどまるで考えていなかったのだ。

 担当と、こんな話は……と盛り上がり勢いで企画書を提出したまでは良かった。どうせボツにされるだろうとすっかり忘れた頃になって執筆の打診があり、高坂は軽い気持ちで引き受けてしまったのである。

 三カ月ほどで初稿を脱稿したが、かなりの苦行だった。

 初めて書くジャンルだっただけでなく、読者の傾向も知らなかったので一から調べ上げ、大家と呼ばれる作家の官能小説を読み漁り、幾度かの直しを経て出版した頃には一年が経過していた。

 当然他の仕事をストップする訳にもいかず、新人の頃のようにあっぷあっぷした。

 重版の報せを聞き喜んだが、二冊目と言われても簡単にネタは出てこない。

「どうしたもんかね……」

 誰にも聞かれないように愚痴り、高坂はとぼとぼと歩き出す。

 足取りは重い。

 このまま帰宅してもネタは出てこないのではないか。確信に近いものが彼の脳内を埋める。駅がある方向とは違う道へと自然と高坂の足は向いていた。

 彼が向かう先にあるのは、一見の喫茶店である。

 担当と社外で打ち合わせをする場合などによく利用していた。適度に空いていて、それでいて従業員が干渉してこないゆっくりできる店だ。

 個人的にも気に入っているため、高坂は打ち合わせの帰りなどに立ち寄っている。

 気分転換の意味も含め、高坂はネタ出しをしていくことにした。

 クラシカル、というよりも古ぼけた印象の強い扉を開けるとからころとベルが鳴る。

「いらっしゃませぇ」

 店長らしい中年の女性が愛想よく言う。

 席に案内され、高坂はコーヒーとサンドイッチを注文する。注文を受け、立ち去っていく女性の後ろ姿をじっと彼は見つめた。

 程よく肉付いた大人の色香が漂う女性だ。

 動き易さを優先しているのだろうか。彼女はいつもパンツルックだ。ボブカットで愛嬌のある顔立ちの彼女の尻を思わずじっくりと観察してしまう。生地が薄いのか、うっすらとショーツのラインが浮いている。

 尻から視線を外し、カウンターを見ると若い大学生ぐらいの青年へ彼女は注文を伝えていた。

「ふぅむ」

 古ぼけた客足の遠のいた喫茶店。

 そこで年上の女性との情事に耽る若い男性を主役にするのは、どうだろうか。

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