目隠し鬼 (Page 2)
「シズ婆さん、家族は?」
「みぃんな戦争に取られてしまいました」
「お嫁さんがいたでしょう」
「疎開先で……」
「じゃあ、お孫さんも」
涙を拭い、シズ婆さんはこっくりと頷く。
そんな老女の手を再び取り、清次郎は真っすぐに目を見つめて言う。
「シズ婆さん、俺はこの土地を離れるつもりです」
「そりゃ、また」
「正一郎(しょういちろう)兄貴と八重子(やえこ)さんのこともあるから」
清次郎は兄と、その妻のことを告げる。
「兄貴があまり具合が良くないんだ。本人も随分弱気になってる」
「正一郎さんは、元々あんまり体が強くなかったから」
あまり、ではないと清次郎は胸の裡で答えた。そのために徴兵を免れたのだ。
「八重子さんと兄貴を連れて、もう少し静養するのに向いている土地に行くつもりなんだ」
「先祖代々の土地はどうするおつもりなんで?」
シズ婆さんの顔に僅かに非難の色が混じる。清次郎はそれを優しくいなし、話を続けた。
「もう、半分ぐらいは金に換えました」
「……なんてことを」
くしゃりと哀しげに老女の顔が歪む。だが、すぐにその顔が驚き一色に染められた。
「もう半分は、シズ婆さんに貰ってほしい」
「そりゃあ、なんでまた」
「俺の家族はもうここにはいないし、良くしてくれた恩人といえばシズ婆さんぐらいだ。恩に報いるには足りないかもしれないけど、どうか貰ってやってくれないか」
「そんな、あたしはそんなつもりで……」
「ここに権利書がある。あとは、シズ婆さんの好きにしてくれていい」
清次郎は鞄から封筒を取り出し、そっとシズ婆さんの前へと置いた。
薄っぺらなそれが清次郎が生まれ育った家と、代々所有してきた山林の権利の全てである。そのあまりの薄さに清次郎は滑稽さを感じずにはいられない。自分が紙切れ一枚で戦場へ送られたように、この紙切れで土地は他人の手へと渡ってしまう。
清次郎はぼんやりした様子で封筒を見つめている老女を残し、生家を出ていく。
背後では、まだ子供の楽し気な足音がしている気がした。
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