目隠し鬼 (Page 4)

「八重子、今日の調子はどうかな?」

「今日はとてもいいの」

 兄の妻、八重子は口元だけで微笑み、そう答えた。

「僕もとても調子がいいんだ。そうだ、窓を開けよう。今日はいい天気だからね」

 兄の口調真似て清次郎は穏やかな声で言う。寝台の脇を通り抜け、彼は言葉通り窓を開け放つ。カーテンを緩やかに風が揺らして室内へと入り込んできた。

 八重子に背を向けたまま清次郎は窓枠に手をかけ、外に目をやる。窓の外は施設の裏庭に面しており、少々荒れた様子の花壇が見えた。

 その荒涼とした雰囲気は、どこか兄の病床を清次郎に思い出せる。

 正一郎の病床は疎開先の一軒家だった。

 その一室に面倒を見る者すらなく、兄はじっと身を臥せていたのである。

 復員し、再開した時は痩せ細り目ばかりをぎらぎらと滾らせる兄の面相に、清次郎は思わず室内に入ることを躊躇ったほどだ。

 そこで、彼は正一郎に告げられた。

「僕の代わりに、僕として八重子と一緒にいてくれ」

 あまりにも傲慢な言葉だった。

 片田舎とはいえ資産家の長男として生まれ、あらゆる事柄を意のままにしてきた兄から、全てを蔑ろにされてきた弟への第一声がそれだった。

 しかし、正一郎はそれを傲慢だとも思っていな様子だったのである。自分の言葉を弟が拒否するなどと、微塵も考えていない。

 ふつふつと清次郎の胸へ怒りが湧き出してきた。

 敵国の兵士にすらこれ程の怒りは抱かなかった。むしろ顔すら知らない敵兵には、心の奥底では同情すらしていたのである。自分と同じように戦地に送られ、泥濘の中で死んでいくのだと。

 だが、兄へのこの怒りはどうだろう。

 我に返った時、清次郎は血が滲むほど拳を握りしめていた。

 正一郎は、それから二日ほどして死んだ。

 案の定、彼の胸の裡には悲しみはない。淡々と葬儀を行い、墓穴に死骸を埋めた。

 村の者達や療養施設の者達には、幾らか金を握らせ、八重子のことを慮ってという方便で正一郎の死を隠した。むしろ、八重子の精神状態は実際のところ怪しく、その安定のためという口実を疑いすらしなかったのである。

 揃いも揃って間抜けな夫婦だ。

 清次郎は兄の死んだ暗い部屋でほくそ笑んだように、誰もいない裏庭へと笑みを落とした。

「八重子」

 彼は足音を殺して寝台へと歩み寄る。

「どうなさったの?」

 不思議そうに八重子が問う。

 じっと清次郎は薄い寝間着に包まれた彼女の体を見る。

 栄養状態が良かったらしく、彼女の体はまろやかな曲線を描いていた。乳房の張りも申し分ないらしく、つんと寝間着を隆起させている。

 八重子は元々正一郎と清次郎兄弟の幼馴染みに当たる。

 器量は良かったが、どこかぼんやりしたところがあり、頭の回転はお世辞にも早いとはいえない。とろ臭い女が好みではない清次郎だったので、長じてからは殆ど興味を失っていた。しかし、この肉付きは戦地から帰ってすっかり乾いていた雄を滾らせるには充分過ぎる。

 寝台にゆっくりと清次郎は腰を下ろした。ぎしりと耳障りな音がする。

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