もう、大人
職場の飲み会の帰り道、酔い潰れた新入社員の青木芽依を送ることになった行田敏明。芽依は具合が悪いから横になりたいと敏明をホテルに誘うが、敏明はなかなか誘いにのらない。2人はもともと塾講師のアルバイト大学生と生徒の高校生として知り合っており、子ども時代を知る相手を性的に見ることに敏明は罪悪感を覚えていた。しかし高校時代から敏明に片思いしていた芽依の強い誘いを受けて…
「おい、大丈夫か?」
行田敏明は、隣で今にも崩れそうに酔っ払っている後輩の青木芽依を支えながら歩いている。
「ぅー、気持ちわるいです…」
職場の飲み会が終わって、自分が新人の芽依を送る責を負ったのは、おそらく一番「安全そう」な男だからだろうと敏明は思う。
店を出たところでは上機嫌に酔っているように見えた芽依は、二次会に向かったメンバーと別れてしばらく2人で歩いていると、急に具合が悪そうにして敏明に寄りかかってきた。
「タクシーを拾おう」
「いやっ」
「え?」
芽依は小柄な身体をさらに折り屈めて、口に手を当てて頭を振っている。
「車乗ったら…多分吐いちゃいます」
タクシー内で吐くかもしれないというのに、お金だけ渡してタクシーに乗せるのは、芽依にもタクシーにも可哀想で忍びない。
「それじゃぁ、とりあえず駅まで歩こうか…」
はじめは普通に電車で送るつもりだったので駅に向かって歩いていたところだが、これなら電車に乗るのもしばらくは難しそうだ。
終電までまだ時間はあるから、駅ナカのカフェで少し休ませてから電車に乗るのがいいだろうと考えながら歩く敏明のスーツの裾を、芽依がふいにぐっと引っ張った。
「…やすみたいです」
小さな声で、しかしはっきりと芽依は言った。
意を決したような顔をしているように見えたが、周囲が暗く判然とはしない。
「ああ、そうだな…少し休んだ方がいいだろう。駅まで行けばカフェがある。終電まではまだ少しあるし…」
「そうじゃなくて!」
敏明の言葉を遮り、芽依は裾を引っ張る手に力を込めた。
「えっと…横になりたいんです」
芽依の顔が真っ赤になっているのは、酔っているためだろうか。
敏明はどくんと大きく鳴る自分の鼓動を意識して無視した。
「…横になるっていったって」
「ここ」
芽依が指さす建物を見ると、下品なネオンがテラテラ光るラブホテルだった。
ぎょっと目を見開いて、敏明はとっさに芽依が自分のスーツの裾を握っている手を振り払って身体を離した。
敏明の態度にあからさまに傷ついた目をした芽依だったが、唇をぎゅっと結んで堪えている。
「何言ってるんだ、こんなところに1人で置いて行けるわけないだろう」
「…だから、一緒に入ってくださいよ」
涙目だが、芽依はもう一度敏明の方に手を伸ばした。
しかし、敏明は芽依の手首を掴んで諭すように言葉を発した。
「なおさら出来るわけないだろう」
内心の動揺を少しも表に出さないように敏明は努めた。
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