もう、大人 (Page 3)
芽依は当時の面影を残しながらもしっかり垢抜けた大人の女性になっていた。
あの頃の活発な制服姿からは想像できない身体の凹凸がスーツ越しに主張しているのを見る度に違和感や不安を覚えていたが、考えてみればそれは敏明が芽依を女性として意識していたからで、頭では「今は大人同士」と理解していてもそのことに罪悪感を持たずにいられない、敏明はそんな生真面目な男だったのである。
一方の芽依は、高校生の頃から敏明に好意を抱いていた。
はじめは塾の先生の1人という認識しかなかったが、偶然乗り合わせた電車で痴漢から助けてくれたことがきっかけだった。
正確に言うと痴漢されていたのは芽依ではなく一緒にいた友人の方だった。
隣でそれに気づいた芽依が怒って痴漢の手をつかもうとした時、はるか頭上から低い声が降ってきた。
「うちの生徒がなにか?」
筋骨隆々たる大きな身体と厳つい顔つきで、敏明は丁寧な口調ながら威圧感を持っていた。
痴漢していたサラリーマン風の男は途端に目尻をピクピクと痙攣させ、怯えきった表情で後ずさった。
「ご迷惑おかけしました」
そのタイミングで今度は声のボリュームを落とし、敏明は大きな身体を痴漢と友達の間に割り入れた。
たったそれだけだった。
痴漢の腕など簡単に捻り上げられそうに見えるのにそうせず、あくまで被害者がこれ以上苦痛を負うことのないように紳士的に振る舞った姿に芽依は恋をした。
それから芽依は自分なりに積極的にアピールしたつもりだったが、敏明はうんともすんともいわなかった。
敏明が高校生の自分を恋愛対象としないことを当時は辛く思ったものだが、自分が成人し、大学を卒業して就職した今となっては、当時の敏明の真っ当さに改めて好意が募る。
同じ会社に就職できたのは偶然だった。
塾での関わりが終わると敏明と会うこともなくなり、芽依は諦めざるを得なくなった初恋をなんとなく引きずりながらも、大学生の頃は人並みに男女交際も経験した。
ずっと敏明を熱心に思い続けて就職先まで追いかけた訳ではないからこそ、同じ会社で再会できた時は飛び上がるほど嬉しかった。
これをこそチャンスと思って芽依はやはり積極的にアピールしたつもりだったが、入社後半年が過ぎようとする今も関係に進展はない。
こうなったらイチかバチか、当たって砕けるしかないと勢い込んで、芽依は今夜の強引な誘惑に至ったのである。
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