もう、大人 (Page 2)

「…どうして」

「どうしてって、付き合っている訳でもないのに、こんな場所に一緒には入れない」

明確に断ったつもりでも、芽依は涙目のままそこから動こうとせず、問答を続ける。

「お願い…なんにもしないから」

「そういう台詞は、何かしたい人間が言うんだよ」

芽依は自分の顔が、気持ちを隠しきれないほど熱くなっていることを自覚した。
しかし、それでもここで退いたら、何年もの間抱えてきた想いを果たすことは一生できなくなると思うと、みっともなくても粘りたい気持ちが勝つ。

「…したいもん」

それが嘘だとか、自分をからかっているだけだとは、敏明ももう思わなかった。
しかし、芽依の申し出を受け入れる訳にはいかない理由が、敏明の方にははっきりとある。

「馬鹿言うな。意味わかってるのか?」

敏明は大袈裟に呆れたような声音を出した。

「わかってる…どうして子ども扱いするんですか」

必死になっているのは自分の方だと敏明は気づく。

「子ども扱いとかじゃなくて…俺と青木は、講師と教え子だから」

今敏明を制止するのは、ただこの理由だけだった。
とっくに成人しているこの「元生徒」を、今でも性的な目で見ることに激しく罪悪感を覚える敏明のこの真面目さが、しかし芽依がどうしても焦がれる理由のひとつでもあるのだった。

*****

敏明は大学生の頃、アルバイトで塾の講師をしていた。
その時受講生の中にいたのが当時まだ高校生だった芽依である。
それなりに名のある大学に通っていた敏明にとって塾講師はかなり割のいいアルバイトだったが、からかい半分で自分に戯れついてきた他の女子生徒と特に変わらない態度だった芽依が今、敏明に特別な感情を抱いているとしたら不思議な気がする。

柄が大きく、顔も身体も厳つい敏明は同世代の女性には怖がられることの方が多く、敏明の方も女性への苦手意識があった。
しかし当時、大学生とはいえ成人していた自分にとって高校生の生徒たちは男女問わず子どもであり、子どもと遊ぶような感覚で気負わず接することができていた。
「ゴーちゃん先生」というあだ名が「行田」という苗字からきているものではなく、実は「ゴリラ」の「ゴ」だと知らされても傷ついたりしなかったのは、性的に見ていない、性的に見られたいと思っていない子どもが相手だったからだ。

だから今、敏明は目の前の芽依を女として性的な目で見ることに、どうしても罪悪感が募るのだった。
新入社員として自分と同じ会社に入ってきた芽依と再会した時、はじめ敏明はそれが教え子の中にいた「青木芽依」だと気づかなかった。
教育担当になった敏明に芽依が「ゴーちゃん先生?」と呼びかけるまで、そんな風に呼ばれていたことさえ本当に忘れていたのだ。

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