夏の終わりを無作為に過ごす (Page 10)

 
「―――――えっ?気付いていた?」

 私は、嫁にリストラにあった事を報告した。

 本来なら目の前で土下座でもしながら言わなければと思うが、そこまでの勇気は出なく、電話での報告にしてしまった。

 黙っていたことを責められるかと思っていたが、驚いたことに、嫁は私が解雇されたことに薄々気付いていたらしい。
 
 休日の今日にスーツを着て出かけた私の行動が決定的だったようだ。
 
 海岸に人が多いと思っていたが、今日は休日だったか…。

 明日の朝イチで帰ると伝えたが、羽根を伸ばしてから帰ってらっしゃいと、責めるような言動もなく、あっさりと電話は終わってしまった。

 私を心配してのことなのか、呆れ果てて何も言う気が起きなかったのか。
 
 どちらなのかは分からないが、後者ではない事を祈りたい。

「あの…お布団の用意ができました…。」
 
 従業員さんが、部屋から離れた渡り廊下で電話をしている私をわざわざ呼びに来てくれたようだ。

「あ…はい。どうもありがとう…。」

 そこには浴衣に身を包んだカレンがいた。

「えっ?」

「あはは…さっき別れたばっかなのにまた会うとか…恥ずいね。」

 浴衣に身を包んでいるとはいえ、旅館の従業員としては不釣り合いなギャルの姿をした彼女はバツが悪そうに応えた。
 
「ここ…あたしの親が経営してるんだ。」

「そうだったのか…。」

「わたし的には真面目にここを継ぐつもりなんだけど。こんな見た目じゃん?色々言われ過ぎて、落ち込んでたんだよね。」

 見た目からしたら、とても真面目には見えないからな。
 
「あー!おじさんも私を見た目で判断してるっしょ!いいもん!私は世界初のギャル女将になるつもりなんだから!」

 世界初かどうかは別として、彼女は周りと同じ事をするのが嫌なのだろうな。
 
 変わらない明日を過ごしたかった私とは逆で、今日とは違う明日を過ごしたいのだろう。
 
 若さと言えばそれまでかも知れないが、私には無い感覚だ。
 
 私の中で、今までの様な明日に対する不安は無くなったように思える。

 今日とは違う明日なら、また明日になってから考えれば良い。

 そう思える自分がいる。
 
「ねぇ…おじさん。」

 浴衣姿の彼女がそっと私の耳元に囁いてくる。
 
「これ…私の連絡先。明日もゆっくりできるんでしょ?2人で遊びにいこ!連絡待ってるから!」

 そう言って彼女は連絡先の書いたメモを残し、走り去って行ってしまった。
 
 手元に残されたメモの電話番号を見ながら、私は考える。
 
「………明日、考えれば良いか。」

 1日の汗を流すために、大浴場へと向かうことにした―――。

(了)

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