母子再会と10年前の落とし前 / オンナ絡みの揉め事解決屋 2 (Page 4)

ボディガードとの因縁

最初の依頼の2日後、今回の事案に関わる木次家側の人員が集まってオールスタッフ・ミーティングが開かれた。
場所は、すっかりお馴染みになった浦和の「T」ホテルのスィートルーム内の広間だった。
出席したのは木次家の当主の爺様(=会長。タクシー会社や貸しビル業を営んでいる)とその運転手、娘の洋子、名ばかりの社長の洋子の弟・太一、弁護士の所長、そして俊一と里美がいた。

「概要は省くとして」と爺様が言って、言葉を止めて俊一と里美をジロジロと舐めまわすように見た。それから所長に改まった口調で、「この2人で大丈夫なのか?」と尋ねた。

「榊さんの紹介ですので」

榊というのは、不動産屋の本名だった。

「なんなら、そのうしろに立っている強そうな人と腕相撲でもしてみますか?ウチのアシスタントと」

と言って、俊一は里美を紹介した。

「ほぉ~、面白い事を言う小僧だな。勝ったら抱かせてもらえるのかな?」

「ウチのが負けたら、今度は代わりに私が直接ぶちのめしますよ。後ろのボディガード氏とアンタを同時に。礼儀だから手加減ヌキでね」

このやり取りを聞いて、ボディガード(名を佐久間という)氏が顔を真っ赤にして俊一を睨んでいた。

「これは頼もしいな。お嬢さん、失礼な事を言ってすまなかった。では、本題に入ろう」

作戦としては、洋子の15歳の娘と8歳になる息子を学校からの帰宅途中に連れ去るというもの。爺様と洋子いわく「帰る場所を本並の家から、木次の家に変更してらうだけの事です」だそうだ。

娘は都内の私立女子中学校の3年生で、大宮(さいたま市)の先にある田舎の駅から電車通学している。よって、送迎は朝晩とも駅までだ。
息子の方は地元の公立小学校に通っているので、家から校門までがルートになる。

そう言って5枚の写真を取り出した。姉弟のツーショットとそれぞれのピンのショットだった。これで3枚。残りの2枚は、この騒動があってから本並の本社・関連会社から特別な訓練を受けた者や武道経験者から選抜した臨時ボディガード2名の写真がそれぞれあった。

自分が洋子の別居先を急襲して子供たちを奪って行ったからか、同じ手口を警戒しているのだろう。

そのボディガードの一人を見て、俊一と里美は同時に「あっ、こいつっ!」と声を上げた。
10年以上前に、大宮駅西口前でナンパビデオの撮影中に職質をかけてきた室井巡査部長(当時)だったのである。

その警官は下っ端のADの胸倉を掴んで「この現場の責任者は?」と、問い質して監督の俊一に近づいてきたのだった。

「今、署の方へ『盗撮している集団がいる』って通報があったんだけどさ」

こう言うと、黙って俊一のショルダーバッグの中身を覗き出して「全部、見せて」と興味なさそうに言い渡したのだった。
そこには、撮り終えたマスターテープがあったので押収されたら厄介だった。納期にも間に合わない。そこで、

「任意なら拒否しますよ。街の様子を見て撮影場所を決めていただけなので」

「それなら道路使用許可は?(部下に向かって)オイ、JRの人も連れてこい!使用許可を取っているのかどうかを確認するから」

こうして部下がいなくなったところで、室井巡査部長はいきなり俊一を柔道の“体落とし”で路面に投げつけた。

何がナニやら訳が分からないまま、俊一はショルダーバッグを近くにいた企画女優に投げつけて「逃げろ!」と叫んで、気を失った。受け身を取ってもコンクリートの衝撃が、脳天にまで登ってきたからだ。

結局、通報をデッチあげて小遣いでもせびるか、さもなくば日頃の鬱憤を「盗撮者を現行犯」として公務執行妨害罪でしょっぴいて晴らそうとしていたらしい。

スタッフは皆、口をつぐんだが幸いにも通行人の中に「あの人は何も悪い事はしてないよ」と証言してくれて助かった。
そのおかげで、地元の警察署で訳が分からないままに書類にサインさせられて指紋を押して無罪放免となったのである。

どうやら室井は、組合からの借入も枠がいっぱいで、どうにもならない状態で署内でも“浮いた存在”だったらしい。その憂さ晴らしをされたというわけだ。

探偵になって、埼玉県警に近い筋に知り合いができると「アイツは柔道だけは強くて、大学時代は全日本の強化指定選手になったくらい」に強いらしい。

という事は、畳ではなく路上で体落としをかましたらどうなるか?
室井は先刻承知の上だったのだ。

そいつが流れ流れて本並にいたとは。俊一はもの凄い形相で、ニタニタしていたらしい。
それはそうである。今ならAV会社というしがらみは無いし、相手には代紋がない。
10年前の決着(ケリ)をつけるには、いい機会だと俊一は思ったのだ。

なお、意識を失う寸前にバッグを受け取って逃げたのが里美だった。彼女とて、少なからずの因縁は感じているに違いない。

「ヤルしかない」

俊一は作戦会議中に誓い、若干の計画変更を申し出た。
室井の写真を見てからの俊一の雰囲気が、あまりに鬼気迫るモノだったためか爺様をはじめ、反対する者は皆無であった。

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