文筆家の戯れ
黒ギャル女子学生の密かな楽しみ。それは人気のない町の本屋で、お気に入りの作家の官能小説を立ち読みすること。だけどその謎めいた作家の正体は、意外にも身近な人で…。先生に優しく詰られて、イけないギャルは号泣おねだり!
私がお店に入っていくと、カウンターで居眠りをしていた店員はわざとらしい咳払いをし、じろじろと疑うような視線を向けてきた。
町の潰れかけた小さな本屋に、金髪で制服姿の派手な黒ギャル。
まあ我ながら、万引きするんじゃないかと用心されても仕方ないとは思う。
だけど目当ては、山積みにされた流行りの少年漫画でも、映画化が決まったラノベでもなくて―――
「あ、時雨先生の新作出てる…!」
私は小難しそうな本が並ぶ奥の棚から、和風な表紙の薄い本を取った。
作者の名前は雪村時雨。
今度の作品は、明治時代、お家の借金を返すため親子ほど歳の離れた男に嫁いだ令嬢が、変態的な調教を受けて嫌がりながらも快楽に溺れていく…というストーリー。
そう、平たく言えばエロ本。
賢そうな言葉では、官能小説とか言うんだっけ。
昔は本なんか全然読まなかったけど、半年くらい前に家の本棚の隅にあったこの人の本をたまたま見つけ、ちょっとSMチックなその世界にどっぷりハマってしまった。
おしとやかな女の人が、好きでもない男からねちねち責められる、いやらしい描写。
子供の頃から気が強くて、男の人に虐げられることなんてなかった私には、それが何だかとても新鮮に映ったのだ。
絵も何もない、ただの文字の羅列なのに、読んでいるとお腹の下の方がきゅ~っと切なくなって、息が上がりそうなくらいドキドキした。
しばらくはその一冊を暗記するほど読み、何回もオナニーに耽った。
そのうちそれだけでは物足りなくなって、こうして定期的に人気のないお店に通っては、こそこそと先生の本を楽しんでいる。
…どんな人が書いてるのかなぁ。ひょっとして、女の人だったりして。
気になって調べてみたこともあるけど、SNSとかやってないみたいで、年も性別も一切分からない。
小説のヒロインたちと同じように、着物を着た上品な女性の姿が浮かぶ。
半分ほどまで読み終えた時、店員がこちらに歩いてくる足音がして、私は名残惜しく思いながら持っていた本を棚に戻した。
「うっそ、壊れてるじゃん…最悪…」
帰宅後、友達から借りた授業のプリントをコピーしようとしたのに、お父さんのプリンターはうんともすんとも言わなかった。
全部書き写すのは面倒だけど、雨の中コンビニまで歩きたくもない。
…そういえば、お兄ちゃんの部屋にもあったっけ。
ふと思い出して、二階のお兄ちゃんの部屋に向かう。
お兄ちゃんと言っても、親の再婚でできた義理の兄弟。
小麦色でメイク盛り盛りの私とは正反対に、色素が薄くて和装の似合う、いつも敬語でおっとりした不思議な人だ。
ちょっと歳も離れているし、人形みたいに綺麗だから何となく気恥ずかしくて、あんまり喋ったことはない。
「お兄ちゃーん、これ、コピーしたいんだけど…」
ノックと同時にドアを開けると、お兄ちゃんはいなかった。
いつ帰ってくるかも分からないし、勝手に借りてコピーしちゃおう、と机にプリントを放った時、それがマウスに当たってパソコンの画面がぱっと明るくなった。
まだ中途半端な、縦書きの文章。
日記でもつけてるのかな、というささやかな好奇心でそれに目を通した私は、それがすぐによく知っている文体の小説であることに気付いた。
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