捕食者 (Page 2)

それから数年経ち、今年も教育実習生がやってくる時期がやってきた。
ここは私立で異動などない。
つまり、実習生はここの卒業生ということだ。
今年は坂木が担当だった。
本来別の教員が担当する予定だったが、急に家庭の事情で担当出来ないからと回って来たのだ。
ただ、実習生の名前を見た時、焦った。
まさか、と何度も見たが間違うはずなどなかったし、そもそも実習生はここの卒業生なのだから、間違えようもなかった。

橘 栞(たちばな しおり)。

すっかり忘れていたのに、名前を見て思い出した。
学生時代の告白などとっくに時効だろうと思おうとしたが、生徒の、そう橘栞の顔を坂木は思い出してしまい、どう接すればいいのか悩んだ。
しかし結局はなるようにしかならないと諦めて当日を待った。

「教育実習生の橘 栞さんです」

どう見ても彼女だった。
坂木はため息を吐きかけ、留めた。
あれは一時的な感情、すでに何年も経っているのだし彼女自身忘れているかもしれない。
坂木はそう思い、今までの教育実習生と同じように接した。

大体あの告白の一件以来、栞は坂木に関わらなくなった。
告白をするまではなんだかんだと寄って来ていた。
それは一歩間違えれば噂になりそうで、怖かったが栞も困るだろ、と軽く注意をした途端、あの告白だった。
困らない、そう言って坂木に近付こうとするから当然止めた。
淫行教師。
そんな噂が立てば一発だ。
この業界、すぐに広まってしまう。下手したら警察沙汰だ。
そう思っているのは坂木だけで、生徒である栞は関係ないように告白してきたのだ。

その彼女が、坂木の目の前にいた。
しかも、教育実習生として。

「教科は国語ですから、坂木先生、しっかりと面倒見てあげてくださいね」

校長の言葉に、了承したが、その声は上擦ってしまった。

「今、担任持ってないから、何でも尋ねるといいですよ。少しぶっきらぼうな所もありますけど、優しい先生ですから」

ははは、と笑う校長の横で栞は笑った。

「知ってます。私、先生に憧れて教師を目指したんです」

ふふ、と零れるような笑みを浮かべる栞に校長がそうですか、と坂木を見た。
その目に「大丈夫でしょうね?」という感情が見てとれた。

教育実習生と指導教員。実習期間は短いが、私立ゆえ生徒だった頃から教師が変わっていないことはよくある。

軽い挨拶の後、栞はすぐに坂木に問いかけてきた。

「先生、私のこと、覚えていますか?」

上目遣いで問われ、坂木は頷く。ああ、覚えているというか、思い出した。
まさか、まだあの告白は有効なのだろうか。

まさか。

あれからもう何年経ったと思っているんだ。
そんな感情が坂木の中でグルグルと渦を巻く。
しかし、あの時と同じように、目の前の栞は気にしていないように笑うのだった。

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