かくれんぼ (Page 5)

「どこにいくの?」
 もう一度問われた時、丈史は踵を返し、部屋の中に舞い戻った。意味不明の事象に遭遇し、パニックになっていたのである。だが、そこには遺体がない。そのことがますます彼のパニックに拍車をかけた。
 
「もうぅいいかい」
 丈史の耳元で少女が囁く。
「もうぅいいかい」
 もう一度。
 目を強く瞑り、丈史はその場にしゃがみ込んで耳を塞いだ。歯の根が合わないぐらいに怯え何もできない。
 
 どれほどの時間そのままの姿勢でいただろうか。
 一分。それとも五分だろうか。
 
 時間の感覚さえ曖昧になった丈史が恐る恐る目を開けると、室内には少女の遺体どころか性行為の痕跡すら残っていない。
 
 全て悪い夢だったのだろうか。白昼夢にしては質が悪い。
 丈史はふらふらと立ち上がった。外へ出てしまいたいが、また少女が立っていたらと思うとその勇気が出ない。
 
 仲間に助けてもらおう。そう気づけたのは僥倖だった。
 スマホで仲間へと電話をする。
 早く出てくれ。
 
 苛々しながら待っていると、電話が繋がった。丈史は部屋の位置を告げ、助けてほしいと訴える。仲間も彼の尋常ではない様子に気付いたらしく、他の仲間と合流してすぐに迎えに行くと告げて電話を切った。
 これで助かると丈史は大きく息を吐く。
 
「また、わたしをおいていくの」
 言葉と共に丈史の肩に手が置かれた。
 冷たく、乾いた手だ。
 
「知らない! 俺は何も知らない!」
 喚く丈史の耳元でそれは囁いた。
「いっしょにいよう」
 心底嬉しそうな声だった。

 仲間が丈史の連絡した部屋に辿り着いた時、誰もそこにはいなかった。
 足跡は一方通行で、出て行った足跡はない。それなのに室内はもぬけの殻。
 
 仲間は団地の全ての部屋を探したが、施錠がされていなかったのは、この部屋だけだった。
 結局、警察に通報し、助けを求めたものの丈史の行方は団地が更地になるほど時間が経っても分かってない。
 
 団地が廃墟となる前に発生した殺人事件と関連付けた怪談がひとつかふたつ流布したが、それだけである。
 曰く、殺人事件の被害者の幽霊に憑り殺されたのだ、と。
 しかし、本当のことは誰にも分からないまま、丈史のことも、かつてそこに団地があったという記憶も人々は忘れていった。

(了)

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