契約成立~研究室の甘い罠~
院生として研究室に残った薗田(そのだ)。ある日、彼女は教授である鈴本(すずもと)の研究を盗んでしまう。なんとかなるだろう、そう思った薗田だったが、鈴本が気付き声をかける。誤魔化そうと必死になる薗田だったが、鈴本は携帯端末を取り出した。そして流れ出す映像に薗田は衝撃を受けた。なぜならなら映っていたのは彼女の恋人の鍋島だったからだ。
震える手をなんとか抑えながら、薗田はパソコンからUSBを抜いた。
痕跡は残っただろう。
それでも何とか言い逃れできるはずだと、ほっと一息ついたその瞬間、声がかけられた。
「薗田くん」
温和な眼鏡の奥に光る目が、怖い。
いつも温和な笑みを湛えている鈴本に対し、こんなことを感じたのは初めてだった。
「…鈴本先生、どうされたんですか?」
慌てた声が上擦る。
「薗田くん、何しているの?」
穏やかな鈴本の声がやけに冷えた音に聞こえるのは後ろめたさのせいだろうか。
薗田は無理矢理微笑みを作る。
「いえ、今から帰ろうとしたところです」
「USBに何を落としの」
見られていた。
その瞬間、薗田は焦りから上手く立ち上がる事が出来ず、そのまま椅子から落ちる。
「不正アクセスがあると僕に連絡が来るようになっているんだよ」
ゆっくりと言葉を吐きだすその顔は、温和から程遠い。
「これは、許されない行為だよね」
近付く鈴本の音はいつもと変わらないはずだったが、薗田には死刑宣告のように聞こえる。
「せ、先生」
上擦る声で薗田は生唾を何度も飲み、言葉を紡ごうとするが叶わない。
「薗田くん、僕は残念だよ」
笑顔のまま鈴本の手が薗田の手に重ねられ、USBを取られた。
「学校のパソコンから情報を抜き出すのは問題だよ」
鈴本の研究室の中、感情のない声で咎められる。
「はい……」
消え入りそうな声に、鈴本は深いため息のみを返す。
沈黙が続き、薗田はずっとうつむいたままだった。
これで終わった。
薗田はここまで学生生活を続けさせてくれた両親に胸の内で謝る。
なんのために、就職を蹴り学校に残ったのか。
犯罪をするためだったのか。
想像している内にいたたまれなくなり、鼻の奥が痛む。
泣いたところで許されることなどない。
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