巣立ちの季節

・作

陽菜(ひな)はいつも振られてばかり。そんな時、いつだって甘やかすのは兄の蒼(そう)だった。陽菜は今日も振られてしまい、いつもと同じように蒼に甘えるが、今回は蒼が振られた理由を訊いてきた。それはセックスが下手だというものだった。兄になら、とつい陽菜は説明したのだがとんでもない言葉が返ってきた。――「じゃぁ、俺が教えてあげる」

「お兄ちゃん」

 

ぐずぐずに泣いた顔で陽菜(ひな)は玄関で立ちつくす。

「どうした」

妹の陽菜がこのように泣くのはいつだって理由は同じだ。

わかっていても、兄である蒼(そう)は一応質問する。

「わ、別れた……」

「そうか」

早く入ってこいと促せば、のろのろと漸く歩きだした。

蒼はその姿にため息を吐きだしながらも苦笑する。

「こんなにいい子なのにな」

「もう私子って歳じゃない」

泣きながらも頬を膨らませ訴える陽菜に蒼はそうだなと言いながらも頭を撫でた。

「子供じゃないな」

食事も要らないという陽菜に蒼は風呂に入れとだけ告げる。

何度も何度も同じことの繰り返し。

しかしそろそろ陽菜に言わないといけないだろうと蒼は陽菜が風呂から出るのを待つ。

しばらくして風呂からあがった陽菜は眼を赤くしたまま蒼の部屋へとやってきた。

嬉しい時も悲しい時も、いつだって陽菜は蒼に報告をしにやってくる。

「あがったのか」

「うん」

そう言いながら蒼が何か飲むかと尋ねれば「ホットミルク」と言うから苦笑するしかない。

蒼は待っていろと告げ、作ってきた。

ベッドに腰掛けて待っていた陽菜はそれを礼を言いながら受け取った。

「小さい頃から、お兄ちゃんのホットミルク飲むと安心する」

ふぅふぅと小さく息を吐き、冷ますその姿。

こくこくと喉を通るその様子を蒼はじっと見ていた。

「なぁに?」

妹のはとっくに20歳を越えている。

それでも、これほど話し方が子供っぽいのは兄である蒼と一緒にいることで安心しているからだとよくわかっていた。

「ほら、口の周り白くなってる」

口の周りを指で拭い、そのまま自分の口に運ぶ。

蜂蜜の甘さが、丁度いい。

兄妹のわりに距離が近いが陽菜は何も感じていないようだった。

陽菜にとって蒼はかっこいい憧れの存在。

全てから自分を守ってくれる。

そんな絶対的な安心感から、陽菜は蒼のすることに何も言わない。

「そう言えば、なんで別れたの」

蒼の質問に、陽菜は言い淀む。

「いつも教えてくれないよね」

蒼は陽菜の頭を撫で、髪を梳く。

「どうして?陽菜がいつも振られるのは何か理由があるのかなって心配なんだよ」

蒼の優しい声に陽菜は漸く口を開いた。

「あのね」

ん?と首を傾げて見れば陽菜はもじもじとしながらパジャマの裾を握った。

「えっちがね、良くないって」

小さな声でとんでもないことを。

そう思うも何も言わず蒼が穏やかな笑みだけを称えていれば、また怒った。

「お兄ちゃんにはわかんないんだよ」

意味がわからない八つ当たりだと蒼は思うが、そうかそうかと頭を撫でた。

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