夜のレッツ・マッスル! (Page 2)
「藤沢くん、申し訳ないけれど、終業後、ちょっと時間を取れるかしら?」
案の定、楠末部長が朝一に自分のデスクに来てそう言い放った。
周りから、お前何やったんだよと、周りから弄られるのだが説明することはできない。
わざわざ部長の恥を広める気にはなれないし、何より自分だけが知っている秘密があるのが嬉しかったからだ。
珍しく終業が待ち遠しいと思いながら、オレは仕事に励むのだった。
「申し訳ないわね、来てもらって」
オレが会議室に入るなり、楠末部長はそう言ってきた。
表情に特に動揺は見られないが、組んでいる腕や、足下が若干震えているように見えた。
秘密がバレたことに怯えているのだろうかとも一瞬思ったが、すぐにそうではないと結論づけた。
「いえ、お気になさらず。ところで、何でしょうか? 自分に何か落ち度でもあったでしょうか?」
勿論呼び出された用件は分かっていたが、オレはあえてとぼけてみせる。
そんなオレの態度に楠末部長は僅かに唇をつり上げた。
表情自体は変わっていないが、ややいつもの強気な雰囲気は消えてしまっている。
「それはそうと筋肉痛がおつらいのでしたら、座っていただいても良いですよ」
「……っ」
オレの言葉に、楠末部長の顔色が変わる。
どうやら図星だったらしい。
震えているのは動揺でも何でもなく、ただ単に昨日のトレーニングの影響だろう。
「じゃあ、失礼するわ……」
本当にきつかったのだろう。
楠末部長はあっさりとオレの言葉に従った。
長机にお尻を乗せて、足を組み直してからオレの方に向き直った。
「昨日のことをちょっと説明するわね。私はこう見えても、成績優秀できたつもりだわ。学生時代もほぼ全て5だったし……。でもね、体育だけはダメなの。何とか2をつけてもらっているけど、多分普通なら1で落第のレベルなのよ」
「……でしょうね」
マシンガンのごとく話し始めた楠末部長。
ちょっとしか見なくても分かる。
部長に確かに運動能力は皆無のようだ。
思わず同意したオレに、部長は困ったような視線を向ける。
「ジムを眺めていたってことは、藤沢君もあそこに入ろうと思っているのかしら?」
「まあ、そのつもりではあるんですが、どうしてですか?」
オレは突然自分の方に話を振られて驚いた。
楠末部長は一体どうしてそういう話を振ってきたのだろう。
「そうね、入りたいというのなら仕方ないけど、あまり良いジムに思えないわよ、あそこ」
「そうなんですか? 新しいから良いと思ったんですが……」
詳しく話を聞いてみると、どうやら部長の現状を改善できるようなアドバイスをまったくくれないらしい。
それで不満を持ってやめようかと思っているそうだ。
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