隘路 (Page 3)

「やあ」
 ノックもなしに秘密基地の扉を開け、香史郎は声をかける。
「おはよう」
 カリンはのっそりと寝床から起き上がり、そう返事をした。

 窓がなく薄暗い秘密基地の内部へ香史郎の背後から忍び込む。逆光に目を細め、カリンは寝床から抜け出す。それから彼女はポケットから銀色の腕時計を取り出して時刻を確認し、苦笑を浮かべた。

「そんな時間じゃなかった」

 香史郎が扉を閉めるよりも早く、カリンは秘密基地の真ん中に穴を掘って作ったスペースに焚き付けを放り込み、ライターでさっと着火する。ぱちぱちと音を立てて焚きつけが燃え、その上にそっと薪をカリンが足していく。
 扉が閉ざされると、赤々とした小さな光が不安定に揺れる。小さな火を見つめながら香史郎は、カリンの隣に腰を下ろした。

 二人で肩を並べ、火を育てるだけの無言の時間を過ごす。

 次第に香史郎は秘密基地の中の暗がりに目が慣れる。すると、あちこちにある壁の隙間から細長く日の光が忍び込んでいるのが分かった。

「今日は、どれぐらいここにいる?」
 細い光の帯を見つめていた香史郎は問いかけに一瞬だけ遅れて答える。
「暗くなったら帰るよ」
「暗くなったら、か」
「うん」

 再び会話が途切れ、二人はぼんやりと火を眺めた。
 無言の時間が続くが、苦痛はない。ぱちっと薪が弾ける音が空気を揺らす。

 薄暗く穏やかな時間が過ぎ、香史郎はふと顔を上げる。差し込んでいた光の帯がいつの間にかなくなっていた。
「暗くなってきた」
「うん。そろそろ帰る?」
「そうするよ」
 香史郎は立ち上がり、尻を叩いた。安穏とした火の傍を離れ、秘密基地の扉を開ける。外気は夏の名残が薄れ、冷たさを宿し始めていた。

「ねえ、コーシロウ」

 カリンに呼び止められ、香史郎は半歩だけ秘密基地の外へ踏み出した足を止める。
「今から銭湯に行くんだけど。その後、会える?」
「会えるよ」
「じゃあ、下まで一緒に行こう」
「うん」

 下まで、というのは山を下りるまでということだろうか。香史郎は薄ぼんやりとそんなことを考えつつ秘密基地を出て、空を見上げる。空は夜と呼ぶにはまだ明るすぎる色合いだった。だが、梢の隙間からは細長い月が太陽に変わって明るさを増しているのが分かった。

 少し待っていると、荷物を持ったカリンが秘密基地から出てくる。施錠などできるはずもない秘密基地を後に、二人は並んで歩き出す。
 こんなふうに並んで歩いたのは、出会った夜以来だ。
 会話らしい会話もなく、香史郎とカリンは山道を歩き、そして舗装路に出る。そこからさらに町に向かって歩く。次第に街灯が数を増し、人の姿が増えた。

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