隘路 (Page 4)

 二人は古びた雰囲気が残る街区の端で別れる。
 香史郎は建売住宅が立ち並ぶエリアへ。
 カリンは銭湯がある昭和の建物か多く残るエリアへ。

 町は斑に取り壊されて建て直され、あるいは取り残されて古ぼけていく。駅を中心としたエリアは行政が計画的に再開発を昭和が終わってから推し進めたらしい。らしい、というのは香史郎にとって、そんな過去があったという又聞きに過ぎないからであった。
 香史郎には町の移り変わりも、両親の不和も、学校で同級生にそれらしい笑みを向けるのも薄皮一枚隔てた別世界のように感じられた。

 勝手に自分の体を操縦する何者かが、香史郎という人間を形作っている。
 では、体の内側でのろのろと思考しているのは、誰なのか。
 益体もないことを考えているうちに香史郎は自宅に辿り着いた。同じ顔をした建売住宅のひとつが彼の住まいだ。

 共働きの両親はいない。
 キッチンのテーブルの上には数千円が置いてあり、帰りが遅くなる旨を記したメモがその下に引いてあった。
 感慨もなく紙幣を財布に入れ、香史郎はリビングのソファに身を沈める。秘密基地の中とは違う暗がりが家の中には満ちていた。

 自室に戻ることもせず、二時間ほど香史郎は無為に時間を過ごす。
 すっかり外が暗くなった頃、香史郎はソファから離れた。キッチンのメモに友人と外食すると書き足し、家を出る。

 家の外に出ると家の中よりも柔らかな闇が香史郎を包む。街灯の明かりが眩く、かえって刺々しく網膜に張り付いた。

 街灯の光を避けるように香史郎はあまり人の使わない隘路を使い、銭湯を目指す。

 小さな寂れた商店街の片隅に銭湯があって、周辺の住人が使っているらしいとカリンから香史郎は聞いていた。
 仕事帰りの大人達の波に紛れ、香史郎は商店街へ入る。殆どの店舗にシャッターが下り、長らく開いていないのだと色褪せた看板や板を張られたショーケースなどで分かった。

 物寂しい商店街の雰囲気は香史郎の肌に合う。
 商店街の一番端まで来ると聞いていた通り、銭湯があった。銭湯の前だけが明るく、商店街の往時の賑わいを夢幻のように想起させる。

 銭湯の出入り口の横で座り込んだカリンが待っていた。
「待ったよ」
「そう」
 短く言葉を交わし、二人は向き合う。
「コインランドリーへ行きたいんだ」
「いいよ」

 向き合っていた二人は肩を並べて歩き出す。

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