足止めの駅で (Page 3)

「なつさん、キスとかってOKですか?」

互いの合意を確認してからカフェを出ると、2人はコンビニで少し買い物をして駅の近くにあったラブホテルに入った。
駅近隣のビジネスホテルは、新幹線の急な運休によって埋まってしまっているようだったが、ラブホテルの方には空きがあった。

「キスかあ…まあ…うーん、コーさんならOKかな」

「ありがとうございます」

菜月は、関係を持った全ての男とキスもしたという訳ではない。
セックスだけなら割と誰とでもできる菜月だが、キスは彼女の欲望を掻き立ててくれる好みの男としかしていない。

「ねえ、先にお風呂入っちゃわない?濡れて気持ち悪いし」

菜月は着ているスカートの裾がしっとり濡れてしまっているのを憂鬱そうに持ち上げた。
駅からこのホテルまでは近いとはいえ、新幹線が止まるような雨風の中を歩いたのだから2人とも洋服や髪が濡れていた。

「あ…一緒に?」

どぎまぎした様子で康介が尋ねると、菜月はけらけらと笑った。

「いやいやいやいや、それは一人ずつで!」

「そっか、そうですよね、あ、じゃぁなつさんからどうぞ」

「いいの?じゃぁお言葉に甘えまーす」

菜月は軽い足取りでバスルームに入った。
ラブホテルのバスルームは、広いから好きだ、と菜月は思う。
ネットカフェや、運良くビジホに入れたとしてもこのサイズの湯船に浸かることはできないのだから、それだけでもラブホテルに来た価値があるというものだ。

先にあがった菜月は、濡れた服を着直すわけにもいかず、バスローブ1枚を羽織って出てきた。
そして追い立てるように康介をバスルームに行かせると、自分は大きなベッドに横になってテレビをつけた。
ぼんやりとそのテレビを眺めていると、瞼が重くなってくる。
菜月はやはり疲れているのだな、と思って身体をベッドにしっかりと沈ませて、少しだけ、というつもりで目を閉じた。

女性にとって、交際している訳でもない男性とセックスすることがどれほどリスクの高い行為か、菜月は理解していた。
自らそれをたくさんこなしていくことは、女性にとっては身体的にみても精神的にみても「自傷行為」であるときちんと認識できていた。
しかしその上で、である。
自傷行為とわかった上で菜月はさまざまな男とセックスし続けることを止めなかった。

例えば子どもの頃、一番大事にして欲しかった人に大事にされなかった傷が。
例えば初めて真剣交際した相手に派手な裏切りをされた傷が。
自分には価値がないと打ちのめされるには十分すぎるそれらの経験による傷が、自分で自分を傷つけていれば薄まっていくような気がしていたのだ。

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