兄さんの妻 (Page 5)

「ごめん、今のは忘れて――意地悪だった」

「――いえ、かまいませんよ。アンタはほら……兄さんの奥さんだし。好きなんでしょう?あいつのこと」

 搾りかすみたいな声だった。怒らせたと思い、咄嗟に義姉の顔を見たが、彼女はただ穏やかな表情をしていた。

「私は――君が、翔くんが羨ましいわ。あの人にこんなに愛されてて。でも、翔君は嫌いなのよね、彼のこと」

「……」

「不毛な三角関係よね、私たち。――お風呂入ってきたら?お湯はもう沸かしてあるわ。明日も早いし、早く寝なさい」

「――え?でも、まだ9時過ぎだし」

「これはお姉ちゃん命令よ。弟はお姉ちゃんに絶対服従なんでしょ?」

「そういう撮影してたんだろ。はいはい……」

 「はい」は一回でいいわ、とたしなめつつバスルームを指さす義姉――まだ誤解してたのかよ、と内心思いながら、素直に風呂場に向かった。

 

「それじゃあ電気消すわよ。おやすみなさい」

「おやすみなさーい……」

 部屋の電気が消え、少し間があった後にシャワーの音が聞こえてきた。時刻は22時過ぎ。「社会復帰の練習よ」と有無を言わせずに寝かしつけられた。――今どきの小学生だってこんな時間に寝てないぞ、と心の中で文句を言ったが、今日一日疲れ切っていた俺は素直に従うことにした。

 ――不毛な三角関係。脳裏によぎるのは義姉の言葉だった。彼女は何を思って言ったのだろうか。もしかして、兄さんとの夫婦関係が上手くいっていないとか――。

「……あほらし」

 俺が彼女を気遣って何になる。布団を引き上げ、真っ暗闇の中できつく目を閉じた。――義姉さんの言う通り、明日も早いんだからさっさと寝よう……。

カチャリ。

 ――扉が開く音がした。静かな部屋の中、ギシ……ギシ……と足音が近づいてくる。やがてその音が止まると、優しい重力とかすかな呼吸音が聞こえてきた。

「……。っ――!」

 冷たい空気が入り込んできて、横になった俺の背中に冷たくて柔らかいモノが触れた。驚いて身じろぎした俺に、山下里香が囁いた。

「起こしちゃったかしら?」

「――何してるんだ、アンタ」

 俺が鋭く問いかけると、彼女は俺の体を抱きしめるようにまさぐってきた。冷たい指先が乳首に、へそに、トランクス越しの俺の股間に触れる。

「っあ……!?」

「本当は分かってるでしょ?」

 義姉の柔らかな唇が首筋に押し付けられた。

「私は……翔くんの恋人、でもあるのよ」

「――それも兄さんの差し金か。悪趣味だな、兄さんも。アンタも」

「いいえ。あなたのせいよ」

 俺は義姉の腕を解いて振り返った。彼女は泣きそうな顔をしていた。

「あの人のために私は変わったのに、あなたが私をただの里香に戻したんじゃない」

「……なんだそれ、意味わかんねぇ」

「いずれ分かる時が来るわ。君が大人になったら、きっと……」

「……義姉さん」

「里香って呼んで」

「里香――」

 俺が全てを言い切る前に、里香の唇が俺の口を塞いだ。

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